女肉売買列車 後編

 

 五

 

 蚊帳の外に置かれていた調理場スタッフは、中華包丁の背を使って女肉の骨を叩き割っていた。その順調な仕込みの最中に、二番車の女肉が暴れていた騒動の様子を説明された。

 料理長の一番弟子である雷蔵は前代未聞の事件にあまり興味を示さず、疲労で張り詰めてきた腕を回して女肉の調理に再び手を付けた。乗組員の食事は粗方済んでいたが、食堂車にいるVIP会員三名が不満を訴えて、仕方無しに接待料理を作っているのだ。元を辿れば、制裁と称して良質の女肉が根こそぎ六番車に運ばれたため、VIP会員の目的であった女肉の視察ができなくなったせいだろう。女肉競り市では詳細に女肉の情報を明かして値段を競り上げていくので、顧客が事前に女肉を視察したところで何一つ利点はないが、やはりそこは人間の性というべきか、間近で良質の肉を見たいという歪な感情が存在するようだ。

「あ、やめて、私の中には子供が、いるの。あああああ」

 調理場スタッフの耳には、六番車から聞こえてくる女肉達の鳴き声が嫌でも聞こえていた。それに先ほどから忙しなく六番車側と食堂車側の扉が開いて乗組員が注文を付けてくる。いい加減にうんざりしてもよさそうだが、調理場スタッフは職務を全うしている充実した汗を流していた。

「ああああ、いや、出さないで、いや、いやだあああ」

 六番車から聞こえてくる女肉の鳴き声は喘ぎに近かった。雷蔵は六番に通じる扉を一瞥して、俎板の上で縦に据えられた女肉の生首を、叩き割った女肉の骨で出汁を取った寸胴の中に放り込んだ。乗組員に好評を得ている女肉の骨スープを調理しているようだ。

「いやあ、それにしても、激しくやってますねえ。制裁とか何とか言って、随分楽しそうに遊んでる。我々も手が空いたら仲間に入れて欲しものですな」

 雷蔵はコンロに強力な火を点して、出汁で満たされた寸胴を温め出した。人外の奇声を発して、女肉の肢体を細切れに切断していた料理長は、瞳孔を開いた喜悦に飢えた顔を絶やさず、雷蔵に手持ちの包丁を投げ付けた。

「馬鹿いってねえでさっさと作れ。女肉を刻めればそれで満たされるわしの方がよっぽど楽しめとるわ。前々から思っていたが、捕獲連中の頭はどうかしてる。良質の女肉にあんなことをして許されるわけがねえ。明日には消えてるよ」

 雷蔵は回転して飛んでくる包丁を受け取り、品質の良い女肉の大胸筋を細かく微塵切りにし始めた。ミンチ状に細かくなった大胸筋に各種調味料を絡めて味を調え、VIP会員に注文された大胸筋のユッケを完成させる。強力な火炎で沸騰していた寸胴の火は止められ、注文されていたもう一品である骨スープを黒塗りの器に注いだ。

「そんなもんですかねえ、私はこの職場が好きですけど、皆溜まってるんだろうなあ。全裸の美女が目の前にいたら、そりゃあ男としてはしゃぎたくもなりますよ」

 雷蔵は注文された調理が一段落して、天井から吊り下げられた頭部と両足が切断された女肉の解体作業に入った。柔らかい女肉の皮膚を削ぎ落として、鮮血に塗れた赤身を露出させる。雷蔵が羽織っていた純白の調理服は、女肉の鮮血を吸って深紅に染まっていた。 

「すみません、注文取りに来ました」

 丁度良い頃合で注文の相手である五十嵐が調理場に入ってきた。雷蔵は騒動の責任を背負い込んだ五十嵐を気遣って笑みを振り撒き、完成した二品を五十嵐に手渡した。五十嵐は急激に老け込んだ疲れた顔付きで調理場を飛び出して食堂車に走っていった。

「下らねえな。煩悩は欲求不満を招くだけだ。わしは女肉を刻めれば他に何もいらん。お前らと違って謙虚なんでの」

 料理長は独自の持論で乗組員を蔑み、狂人のみが有する声帯を存分に活用して奇声を発した。両手に携えた二本の包丁を高速で振り回して、俎板に寝かせた女肉を数十枚の開きに変えていく。呆れたように吐息を洩らした雷蔵は、六番車で甚振られる女肉の餌を取りに来た乗組員に、事前に用意して置いた味付けした肉と内臓を手渡した。

 大胸筋のユッケと女肉の骨スープの配達に走った五十嵐は、他の車両とは金額の賭け方が異なる豪華な装飾を施した食堂車に入ってきた。ソファーのような柔らかい弾力に富んだ高級な椅子で対面に腰掛けるVIP会員に駆け寄り、シルクの布巾が敷かれたテーブルに料理を並べる。

「遅れて申し訳ありません。御注文のユッケとスープで御座います」

 頭髪が完全に禿げ上がった男と白髪の男と一輪のバラを髪に挿した男は一様に五十嵐を恨みがましく睨んでいた。詰問するように五十嵐を咎めて、激しい剣幕で饒舌な愚痴を吐き捨て、誠意が足りないと文句を付ける。五十嵐は帽子を脱いで丸坊主の頭髪をVIP会員に見せ、高級なペルシャ絨毯が敷かれた床に頭頂部を擦り付けた。

「私の不手際で御迷惑を掛けてしまい、誠に、誠に申し訳ありませんでした」

 五十嵐は既に掠れを生じた声帯を震わせて全力で謝った。五十嵐の猛省はVIP会員の怒りの炎に油を注ぎ、容赦なく五十嵐の頭を踏み付けて糾弾する。憎悪に駆られた腹の虫は一向に収まる気配を見せない。

 食堂車には、高級な女肉料理を堪能する東堂一派が最後部に腰掛け、孤独に運転手専用の食事を口に運ぶ関谷は、外壁に埋め込まれたテレビモニターが正面に見える位置に坐っていた。全車両に填め込まれている豪雪が被った強固なガラスを虚ろに眺めたり、残忍な仕事内容に似合わない娯楽番組を観たりしている。

 関谷は食堂車に着いてから心ここに在らずの状態だった。ぽかんと口を開けては突拍子もなく高笑いを上げて、隣の席で食事を堪能していた東堂一派を遠ざけるほど不気味な行動に及んでいた。人間を捨ててまで運転手の仕事を選ぶのは彼の心労に多大な負担を掛けているようだ。勿論、死にたくないがために働き続けているのだろうが、関谷の瞳の奥底には邪悪な濁りが混じっているのも事実であった。

 関谷は精神的に傷付いた胸を慰めるように手を添え、左手に握ったフォークに突き刺した女肉料理を口に運んだ。質の悪い屑肉を使用して作られた簡単な料理ではあるが、口の中で蕩けるような上質な味わいに関谷は頬を緩めて、安堵したような溜息を吐いた。一口で苦悩に揺れる関谷を和らげてくれたこの料理は、関谷が女肉売買列車で唯一楽しみにしている頬肉のたたきであった。

「関谷さん、隣、いいですか」

 独りで感傷に浸っている関谷の集中力を削ぐような拍子で、何とかVIP会員に許しを頂けた五十嵐が声を掛けてきた。五十嵐は隠れて泣き喚いていたのだろうか、少年の顔立ちには涙の跡が何本か刻み込まれている。尤も職務を疎かにすれば消される恐れがあるので心中穏やかではないのだろう。相席を求めて配給された料理を持っているが、関谷は唇を真一文字に結んで五十嵐から目を背けた。

「ごめんね五十嵐君、そろそろ調理場のスタッフが燃料を持ってきてくれる時間なんだ。悪いが先に仕事に戻るよ」

 関谷はそう言って厄介者を軽く往なして、交流を避けるように料理が乗った盆を持って腰を上げた。そそくさと早足になりながらVIP会員に頭を下げて運転席に戻っていった。置き去りにされた五十嵐は二番車の方向を呆然と見つめて、絶縁宣言に等しい相席の拒否に肩を落とした。

「ふははははは、お主、私の傘下に入らんか。というのも、私は良質な女肉料理を制覇する目的で集まった団体を作っておってな、金に頓着しない乗組員を探し取ったんだ。どうだ、私のとこには関谷のような冷たい奴は一人もおらん、お主も私と一緒に女肉料理の真髄を極めてみんか」

 いつの間にか、関谷との会話を盗み聞きしていた東堂が絡んできた。五十嵐は嗚咽しそうな胸の苦しみに顔を覆い隠して、東堂の勧誘を無視していた。東堂は気を取り直して無料で入会できる団体の概要を伝えるが、五十嵐は目に涙を滲ませながら味の分からない女肉の眼球を煮たものを頬張るだけだった。

「うう、関谷さん、ごめんなさい、関谷さあん」

 五十嵐は恋人と失恋でもしたかのような女々しい涙を零し出した。東堂は複雑な感情に苛まれて身を引き、最後部に戻って仲間である六人の乗組員に勧誘を断念した結果を告げた。乗組員は団体を総括する東堂に励ましの声援を掛けて、控え室である六番車に舞い戻ろうと調理場に通じる扉を開けた。

 恐らく今現在、女肉売買列車の中で尤も賑やかであろう六番車は、両手に手錠を填められた良質の女肉が、哀れもなく大股を開かされて男の陰部を体内に沈めていた。

 民族サトカチが制定する一夫多妻制の法には、愛すべき夫に捧げる貞操観念が強く定められており、女肉の悲鳴は屈辱の淫らな喘ぎと成り果てていた。愛する夫との純潔を保たねばならないサトカチの女にとって、肉体を傷付ける拷問より遥かに苦行を強いられる強姦はどのように目に映っただろう。強姦という概念すら学習していない無知な女肉は、その豊満な肉体に貪りつかれる耐え難い恥辱に精神を蝕まれ、舌を噛み切って自殺を図ろうとする女肉まで現れていた。

「あぐううう、もう、やめて」

 制裁と称した盛大な乱交祭りは、その体裁を保つために、調理場で捌いてきた簡単な料理を女肉の口に突っ込んでいた。女肉は頭頂部と下顎を掴まれて仲間の肉を無理やり噛まされ、口内に広がる意外と美味な味わいに女肉は泣き喚いて許しを乞うている。

 六番車で凶行に及ぶ乗組員十三名は、女肉を逃がさぬよう車両の半分を使って木製の椅子で四角の枠を作っていた。枠の外を包囲する代表者の五名余りが枠の中に入り、肢体を余している女肉の乳房を傷つけぬよう愛撫して、仲間の肉で抉じ開けた口内に情欲の舌を絡ませ、両股を開かせて肉芽を露にした女性の柔らかい性器に、先細りした自身の固いものを挿入して、ねっとりした愛液の滑り気を堪能しながら男性の喘ぎを洩らしている。雷蔵や料理長が診断した良質の女肉らしい感度は良好であり、張りのある桃尻に腰を密着させる度に、殺したくなるほど愛苦しく顔を歪める女肉の様子が性欲を更に増進させるのだ。

「ア、ハ、ハ、ハ、ハ。最高だ、俺達が今までどれだけ性欲を抑えつけていたか、お前達に分かるか。ア、ハ、ハ、ハ、ハ」

 耳障りな乗組員の乾いた笑い声が点在する。外環を固める乗組員は理性のタガが外れそうになり、身を最大限に乗り出して瞬きもせずに女肉が犯される光景を凝視している。枠の中で奮闘する薄汚い下半身を露出した乗組員は、臭気を発する足の親指を執拗に舐める性癖の持ち主であったり、帝王切開が必要なぐらい肉を詰め込まれて膨らんだ風船との交尾に情熱を燃やす異常者だったり、或いは此度の目玉商品であるアスキヤのうなじだけを舐め上げて、勿体無さそうに自身の性器を右手で苛める臆病者だったりする。彼らが捕獲担当の乗組員として抜擢されたのは、それなりの異常性を持ち合わせた人物だったからに他ならないわけだ。

「あ、ヤバイ、もう出そう、気持ちいいからしょうがないか、また出せばそれでいいし、それでいいか」

 膣内を暴れ回って固いものに血を付着させた異常性癖が、舌を垂らして呼吸を乱した無惨な顔をアスキヤに迫らせた。板張りの床に仰向けになるアスキヤは強姦が開始してから何の不満も憎悪も訴えず、現実を拒否するように何処までも無表情を保っていた。乗組員の精液で白色を帯びた黒髪を軽く撫で、顔を迫らせてきた乗組員に無理やり正面を向かされて、やっと仲間の肉を胃に押し込んで安堵していた口元を縦に開かされる。

 綺麗な歯列とピンクの歯茎が並んだ口内にはまず舌を突っ込まれ、一頻り時間を掛けて見知らぬ男の唾液を受け渡された。執拗な接吻で放心状態になっている矢先に、後頭部を掴んで持ち上げられ、先端を小刻みに震わせる愚者の固いものを口内に咥えさせられた。

「ア、ハ、ハ。出せ、出せ、出すよお」

 思考を調節する理性が消し飛んだ性欲の権化は、手錠で束ねられた両手で腹部を叩き出したアスキヤの頭頂部に拳骨を落とした。

 ガスンと骨が軋む鈍い音が響き、アスキヤは我慢の限界を越えた屈辱に呻き声を洩らした。アスキヤは夫を一途に愛していた。例え一夫多妻の身であっても、夫のために命を燃やして末永く暮らしていければ幸福だった。

「ああっー、いやだあ」

 乱暴に頭部を股間に叩き付けられるアスキヤは、嫌に可愛らしい声を発して男根を拒絶した。外環で身を乗り出していた乗組員は、男根を上下の犬歯で圧迫して苦痛を与えたアスキヤに視線を集中させ、飽くまで制裁を加えるという名目で抑えていた情欲を解放させた。

「ア、ハ、ハ。調子になるなよこの女肉があ。教育してやる、体で思い知らせてやる」

 十人を凌ぐ乗組員がアスキヤに群がり、アスキヤの豊満な肉体に隙間なく魔の手が忍び寄る。背後から両の乳房を

強く揉まれ、男根が擦れて血の膿を生じた性器を貫かれ、繊細な細長い指を亡者の口に含まれる。男根を齧られて憎悪を煮え滾らせる乗組員は、怒り任せにアスキヤの髪を引っ張り上げ、暴発しそうな性器を口内に咥えさせた。全身を隈なく苛められて自我を崩壊させそうな恐慌に陥ったアスキヤに、もはや抵抗する気力は振り絞れなかった。

「ああっー、やめて、死んじゃうう」

 嗚咽染みた鳴き声を発するアスキヤの口内に潜り込んだ男根の先頭は、激しい脈動と供に有りっ丈の白濁汁をピンク色の咽喉に放射していた。一度ではなく断続的に、止まらぬ性欲の丈が継続的に放出されて、アスキヤの咽喉は息が詰まりそうな白濁汁に粘着された。消えない悪夢を植え付けた見知らぬ男の固いものは、口内からぞろりと引き抜かれて、放射し切れずに先端に蟠る精子の塊が、アスキヤの魅力的な薄い唇にぽたりと滴り落ちた。唇に付着したねっとりした卑猥な色は、整った顎の輪郭に沿っていき、黴菌が伝達するかの如くアスキヤの白皙の太腿を汚く濁らせた。

 アスキヤの顔は現世を解き離れるように虚ろに褪せていった。代わる代わる太腿を抉じ開けて性器を密着させる乗組員は、歯止めの利かない無知な動物と化して、本能の赴くままに女肉を視線で犯して、乳房に触れた手から女肉の温もりを占有した挙句、貞操を保っていた性器を強引に裂いて使用不能に追い込んだ。固いものが体内の空洞を擦れる度に、全身に耐え難い激痛が走るのだ。

「はあ、ああー、いやあ、あああああっ」

 アスキヤが性欲に飢えた乗組員と肉体関係を持った時間は意外と短かった。体感としては一時間にも二時間にも感じ取れたのだが、仲間の女肉に性欲を分散したお陰で、無謀にも暴力を振るったアスキヤ一人に集中されなかったようだ。それでも大量に詰め込まれた女肉が胃の中をぐるぐると駆け巡る気持ち悪い感覚に置かされた女肉十二匹は、息を乱してぐったりと両腕を広げていた。満腹の苦しみと貞操を破られた恥辱に合わさり、性交渉による疲労が肉体に蓄積されている。

「お前達、よくそんなことができるな、下手すれば職務怠慢で消されるぞ。まあ私には関係のないことだが、調理場のスタッフがやけに料理を作り過ぎたらしくてな、お前達に食べて欲しいそうだ。せっかくだから行ってみたらどうだ」

 乗組員の凶行をぴたりと制止したのは、調理場で雑談を交わしてきた東堂の一言だった。乗組員は東堂の非情な性質を知っているので、下手を打たないよう即座に制服を着直していた。放置された女肉は胸を押さえて乱れた呼吸を整え、調理場に通じる扉から歩いてくる東堂を虚ろに見ていた。

 アスキヤは絶望に等しい屈辱に自殺の二文字を頭に過ぎらせたが、傍らで本当に舌を噛み切って死に絶えている仲間を発見して、慌てて混沌とする思考の整理に努めた。六番車に運ばれるまでは正常な思考に基づいて行動を起こしていた。現にアスキヤは獲物棒で引き摺られる途中の景色を全て目に焼き付けていた。三番車に捕らえられた五十匹余りの女肉は、人が通れる道幅分を残して左右の牢屋に投獄されていた。恐らく三番車の雑用らしき乗組員がポケットに牢屋の鍵を仕舞っている筈だ。牢屋の鍵を閉めてポケットに仕舞った雑用の仕草は鮮明に覚えている。食堂車に関しては小言を吐き散らす外部の人間が坐っていたことくらいしか印象に残っていない。だが、最後尾の屑肉が云々という会話を聞き出せていたので、仲間の女肉は三両分以上に渡って捕らえられていると確信を抱いていた。アスキヤはどうしても仲間を見捨てて自分の命を優先する気にはなれず、サトカチの女として残された気高い誇りが仲間の救出を願っている。実際に確認は取れていないが、列車の窓は内側から破れない強固な設計になっているだろう。仮に窓が破れて抜け道が確保できたとしても、途中下車するだけでは仲間の命は救えない。ならば、危険を承知で運転席を乗っ取るしか脱出策はない。不幸中の幸いというか、足が自由に動かせる状況に転じたので全力疾走はできる。更に良質の女肉として認定されたお陰で、相手は疾走する良質の女肉に手を出し難いだろう。運転席まで走り抜ければこちらに勝機は十分ある。

 アスキヤの失意に沈んでいた瞳は淡い希望を取り戻していた。冷静に纏まってきた作戦を伝えるため、地面を這うように体を動かして、不思議そうにアスキヤを見ていた金髪の女肉の耳元で囁き始める。

「いい、声を出さずに私の話を聞いて頂戴。私はこれから奴等の隙を見て運転席まで走るわ。運転席からならここのドアを開けれるだろうから、あなたは皆と一緒に脱出して、最後尾にいる仲間を逃がす手助けをして上げて。大丈夫、奴等は私一人を追ってくるだろうから皆はドアが開いたら逃げればいい。私が捕まって殺された場合はそのまま動かなければいいわ。ね、簡単でしょ。だから、もし逃げられた場合は皆を助けてあげてね」

 アスキヤの突然の告白に金髪の女肉は動揺を隠し切れなかった。臆病に全身を震わせて、怪訝そうな顔付きでこちらを見ている女肉に視線を配り、覚悟を決めたように向き直って小さく頷いた。アスキヤは仲間の女肉に片目を瞑って合図を送っていた。さっぱり呑み込めていない様子だが、元より納得させる気は毛頭ないので、後は乗組員の隙を窺って一目散に走り出すだけだ。

「はあ、女肉料理ねえ。どうしようか」

 制服を着直した乗組員十三人は、名残惜しそうに床に寝転がる女肉を見渡していた。好意の積もりで食事を促した東堂一派は、右側に並んだ外環の椅子に腰掛けていた。東堂だけは、うとうとと首を上下に運動させて眠りに就きそうになっている。

「東堂指揮官、申し訳ありませんが、こいつら見張っててくれませんかね。私達は食堂車に行ってきますので」

 乗組員の一人が統率力を見せない団体のざわめきを察して意志を束ねた。女肉料理をたらふく胃に収めた東堂は、眠そうな目を半分開けて声を発さず了承に頷いた。乗組員は既に夢現になっている東堂の容態まで頭が回っておらず、覇気のない掛け声を上げて、ぞろぞろと一列に並んで食堂車に歩き出した。

「東堂指揮官、あいつら行っちゃいましたよ。いいんですか、女肉を見張っておかないと」

 強姦集団の気配が消え去った頃に、東堂一派の乗組員は、帽子を目深に下げて寝息を立て出した東堂の肩を揺す振った。満腹の余韻に浸って到着を待つように目を閉じる乗組員が他にも三人現れ、女肉の警備は呆れるほど粗末なものになっていた。

「仕方ないなあ、それじゃあ私が代わりにやっておきますよ」

 東堂の呼び覚ましに失敗した乗組員は重い腰を上げた。疲れたように壁に背を預ける自堕落な二人を尻目に、気を失ったように床にへばり付いた女肉を見回りする。

 差し迫る好機を窺っているアスキヤは、忍び寄る乗組員が通り過ぎるのを目を閉じて待っていた。硬質なブーツの高い音が床に跳ね返り、反響音で乗組員の位置が手に取るように掴んでいる。アスキヤは乗組員が通り過ぎた直後に目を開き、乗組員がこちらに背を向けているのを目で確認した。

 車両毎に配置される乗組員の包囲を潜り抜けて運転席まで走破する。アスキヤは作戦を決行する前に余計な悩みが排除された使命感のみで頭を満たした。そして、アスキヤは完全に無防備になった状況を察して地面を蹴り上げ、いよいよ仲間の命を救出するための全力疾走を行った。

 

 

 六

  

 愛する夫と崇拝する偉大な神に祈り、持てる限りの脚力で走り出したアスキヤは、幸運にも女肉の巡回を行っていた乗組員に気配を感付かれなかった。

 予定通りに事は運んだ筈だったが、ここで不幸にも予期せぬ問題が発生した。背後から後を追ってくる女肉の足音が聞こえてくる。車両内に響き渡る凡そ十人分の足音は、アスキヤを信頼する余り逃亡に釣られてしまった反射的な行動だった。アスキヤは駆けながら背後に振り返ろうとするが、視野の端に猛烈に飛び込んでくる乗組員の影が映っていた。

「何処に行く気だ女肉ども、逃亡は許さんぞお」

 影の正体は、意外にも仮眠を取っていた東堂だった。捕獲棒を振り被って先頭のアスキヤの側面に迫って来ている。アスキヤが目をきつく閉じて、全身を麻痺させる電気の激痛を覚悟すると、東堂の捕獲行為を阻止するように駆けてきた駿足の女肉がアスキヤの背中を突き飛ばした。

「ひぎゃああああ、アスキヤあ」

 女肉はアスキヤの身代わりに電流を浴びて床に崩れ落ちた。後続の女肉は捕獲棒の解除に手間取っている東堂に体当たりして外環の椅子まで弾き飛ばしていた。アスキヤは本来の趣旨とは異なる仲間の犠牲に引き攣りそうな頬の歪みを堪え、涙をのんで調理場に繋がる通路を駆け出した

「おのれ、女肉の分際でよくも私に恥をかかしてくれたな。もはや命の保障はせんぞ」

 六番車と調理場を連結する通路に失神した女肉を除いた九人分の足音が響く。東堂は六番車の扉を開けた地点で憎悪の猛りを放ち、腰から拳銃を引き抜いて、相手が良質の女肉にも拘らず容赦なく発砲した。

「あぎゃば」

 後続の仲間の気配が一体消えた。後頭部から頭蓋骨を割って潜り込んだ冷たい鉛玉がその命を絶っていた。職務を放棄すれば消される哀れな運命を抱えている東堂は、後先を考慮しない感情のみに支配された憎悪の化身に変貌しており、拳銃の使用に何の躊躇いも見せない。やっと合流してきた東堂一派は牽制射撃で女肉の動きを封じにかかっていた。

「皆、運転席まで走るわよ。私に着いてきて」

 アスキヤは飛び交う銃弾に怯える仲間を鼓舞するように声を響かせた。調理場まで聞こえてしまっただろうが、連れ添った仲間を見殺しにしてはおけない。

 女肉の命の灯火が絶たれるか細い悲鳴が連続して聞こえた。仲間の肉体が乳房を下にして倒れ込む呆気ない音に胸が鈍い軋みを上げる。 

「あぐう、あああああ」

 アスキヤはそれでも気丈に通路を突っ切って調理場の扉を開けた。  

 アスキヤが事前に観察しておいた調理場には、調理場のスタッフ三人と賄料理を受け取っていた雑用の乗組員が一人だけいた。女肉売買列車の中で、かなりの腕を誇ると想定される雷蔵と料理長は、海老のように俎板を元気に跳ね回る女肉の首を包丁でちょん切っていた。前方に噴き上がる鮮血が彼らの視界を狭め、アスキヤの右半身に仲間の染料が浴びせられた。丁度、中華包丁で女肉の首を薙いでいた雷蔵の前を通過した辺りだった。

「あれれ、女肉さんが走ってますな。料理長、まずいみたいですよ。そっちに豚が逃げた、捕まえて下さい」

 雷蔵は食堂車に通じる扉側で奇声を発していた料理長に告げた。アスキヤは包丁を持って飛び出してきたもう一人の調理師の顔面に、渾身の力を込めた手錠で束ねられた両手を振り下ろした。生きたいがために良質の女肉に手を出せなかった調理師の男は、硬質な手錠の衝撃で叩き折られた鼻を押さえて仰向けに崩れ落ちた。アスキヤは立て続けに捕獲に躊躇する乗組員を殴打して、調理場の扉へと駆けていく。

「うへ、うははははは、わしの愛した良質の女肉さん、刻んであげますねえ」

 料理に没頭して理性が消し飛んだ巨大な体躯の料理長が、アスキヤが通過する予定だった食堂車に通じる扉の前で立ち塞がった。両手に数十人余りの仲間の命を絶った中華包丁を握り締めて、包丁の間合いの外で急停止を掛けたアスキヤに舐めるような視線を注いでいる。勢い任せに突破していたアスキヤは息を呑み、咄嗟に料理長が厨房に置いていた中華包丁を取りに走った。

 アスキヤの後を追いかけて駆け出した後続の女肉は、調理場の扉を開けて無謀に突破を試みていた。前方にはアスキヤに抜き去られた雷蔵が両手に包丁を持って立ち塞がり、軽いフェイントを交えて両脇のどちらかを抜き去ろうとする女肉の片足を的確に刈っていた。

「ほりゃ一匹、ほりゃ二匹、さあ、遠慮せずにどんどんいらっしゃい。お兄さんもこれで命懸けなんだよねえ。消されたらどうしよう」

 雷蔵は緊張感の欠片もない笑顔を振り撒いて、不用意な飛び出しに躊躇している三人を挑発していた。運転席まで走れる余力を残した女肉はアスキヤを含めて四人しか残っていないようだ。足を切断されて板張りの床に転がった二人の女肉は、鼓膜を破りそうな悲痛な泣き声を上げている。

「うおおおお、腐れ女肉どもめ。絶対に逃がさんぞお」

 後続から迫って来る東堂の怒声に怯えて、三人の女肉は信頼を寄せるアスキヤの元へと駆け出した。両脇に包丁を構えて舌なめずりする雷蔵の警戒網を無視して、女肉達は体当たりを仕掛けようと正面突破を選択していた。まさか正面から突撃を図るとは予想しなかった雷蔵は、呆気に取られながらも両手の包丁で挟むように眼前の女肉の首を刎ね飛ばした。生首が千切れ飛んで夥しい量の鮮血が噴き上がり、死者の怨念を汲み取るように、雷蔵の両目を狙って血の散弾が飛び跳ねた。

「いったあい、前が見えない、見えないよお」

 視界を塞がれておどける雷蔵の隙を見逃さず、二人の女肉は両脇から雷蔵の両腕を掴み取り、全力を振り絞って血濡れの中華包丁を雷蔵の首筋に減り込ませた。雷蔵は首に刺さった冷たい鉄の塊を引き抜こうとするが、重要な頚動脈を切断されており、取り返しの付かない血飛沫を舞い上げながら後方に倒れ込んだ。

「あーあ、こんなことなら私も遊びに参加してればよかったよ」

 雷蔵は最後まで気の抜けた台詞を吐いて眼球を裏返した。生き残った女肉の二人は顔を見合わせて頷き、台所に置かれていた中華包丁を手に携えて、難攻不落の料理長に全身をなます切りにされているアスキヤの元に走った。後方から追って来る東堂は、死滅した女肉の腕が絡まって開かない調理場の扉を必死に蹴破ろうとしてる。

「うへへへ、たのしい、たのしいよお。もっとわしに女肉を刻ませろお」

 女肉を刻む快楽に酔い痴れる余り、制御不能の狂人と化した料理長は、満身創痍のアスキヤに殺意の足音を忍び寄らせた。アスキヤは切り刻まれた浅い傷口の痛みに耐え、自棄気味に両手に携えた中華包丁を振り被って突撃した。

「うひ、いい度胸じゃないかあ。望み通り刻んであげるう」

 料理長は余裕の笑みを零して、両腕を交差させるように包丁を振り被ろうとするが、その両腕には回転して投げ付けられた中華包丁が減り込んでいた。料理長が目を見開いて、切り付けられた両腕を見渡す間に、アスキヤは跳び上がって料理長の首筋を切り付けた。

「あぎゃ、てえ、いてえ、いてえよこの野郎、女肉如きが、ふざけるなあ」

 料理長は醜悪な顔立ちを激昂に歪めて憎悪の形相を浮かべた。首筋から噴き出す血飛沫を大して気にせず、板張りの床に根を張らせて平然と扉の前を防備している。料理長は動揺の色が浮かんだアスキヤの顔を察して、包丁を減りこませたままの右腕を振り被ろうとした。

「ふははは、もう逃げ場はないぞ。観念して私に殺されろお」

 調理場の扉を破って侵入してきた東堂が特に標的を定めず発砲した。適当な方向に発射された銃弾は真っ直ぐ正面に飛んでいき、包丁を腕の半ばまで振り被っていた料理長の眉間を貫いていた。六番車にいる全ての人間の顔が凍り付いたが、アスキヤは逸早く我を取り戻して、覚束ない足取りで立ち眩む料理長を正面から押し倒した。アスキヤの勇敢な行動に奮起された女肉二人と供に食堂車に通じる扉を開ける。

「くそ、くそお。畜生、よくも私に二度までも恥をかかせてくれたな。許さん」

 東堂の顔付きは凶暴な犬歯を剥き出しにした野獣の形相に変化した。発狂したような咆哮を上げて、扉を閉めかけていた最後尾の女肉の太腿を的確に撃ち抜いた。東堂一派は互いに女肉を捕獲する際の奇声を発して、脱出を図る女肉の後を追う。

「うぐ、アスキヤ、早く行って。私はここで時間を稼ぐ」

 足を撃ち抜かれた女肉は自らの質量で調理場の扉を押さえ付けた。満足に走れないようでは足手纏いになることを悟って、信頼を寄せる仲間のために命を燃焼する覚悟を決めたのだ。アスキヤともう一人の女肉は、全身を扉にへばり付かせる仲間の勇姿を目に焼き付けて、懸命に食堂車まで連結された通路を駆け出した。

「どけええ、開けろお、殺してやる、一人残らずぶっ殺してやるよお」

 扉を封じられて激怒した東堂の濃密な咆哮は、女肉売買列車の全車両を飛び上がりせそうなほどに響き渡っていた。

 アスキヤは咥え煙草に便所坐りで食堂車の扉の前でたむろしている三人の乗組員に迫っていた。東堂の異常な咆哮に驚き留まっていた乗組員の顔は、何故か六番車を抜け出して眼前に迫っているアスキヤに驚愕して、惚けるように現実に焦点を合わさなかった。仲間内で当たり障りのない対話を続行して、食堂車の扉を開けるアスキヤともう一匹を難なく通過させた。東堂が予備の銃弾を拳銃に装填して、扉を封じていた女肉の肉体に全弾を撃ち尽くしたのは丁度その頃だった。

 余った賄料理に舌鼓を打っている乗組員十人と、失態を犯した五十嵐の人格批判を始め出したVIP会員が待ち受ける食堂車に侵入したアスキヤは、視界を妨害する豪華な椅子の特性を上手く利用して上体を低く屈めていた。側面を通過した際には当然気付かれるが、上体を起こして銃弾を浴びることになるよりか遥かにましだ。アスキヤの桃尻擦れ擦れに後に続く女肉も同様の動作を取っていた。乗務員が意外に後先考えず女肉を殺しにかかってくると知っていなければ、移動速度が低下するこのような進み方は選ばなかっただろう。

「なあ、東堂指揮官が吠えてたみたいだけで何かあったのかな」

 アスキヤともう一人は、東堂の話題を持ち出した乗組員四人が対面になっている座席を無事に擦り抜けた。まさか女肉が地面を這うように走っているとは思っていないのだろう。同僚同士の会話と食事に集中して、座席縫うように延びる通路までには目が行かない。

「知ってるか、遊具室ではウォークマンしか貸してくれないんだぜ。やっぱり俺らと違って、雑用は頼りにならねえよな

 アスキヤともう一人は、CDプレイヤーの貸し出し拒否を根に持っている乗組員の側面を無事に通過した。反対側の座席に腰掛けていた無言の乗組員二人がちらりと見てきたような気がしたが、疲れた体の酷使に倒れそうなアスキヤには発見されても構っている余裕はなかった。

「ここの乗組員はVIPを何だとおもっとるんだ。私達が女肉を高値で買ってやってるから収入が得れるというのに、さっきの坊主頭の杜撰な対応にはほとほと愛想が尽きたわ。こんな屑肉の料理何ぞで私達が丸め込めると勘違いしてるようだな。一緒に文句を言いに行きませんか」

 アスキヤともう一人は、冷めやらぬ激昂に怒りを奮い立たせるVIP会員の側面を無事に通過した。文句という台詞に反応した他のVIP会員は賛同して立ち上がり、アスキヤ達とは対極に位置する調理場に向かって歩いていた。

 アスキヤともう一人の女肉は、誰にも発見されずに無事に三番車に通じる扉に辿り着いていた。アスキヤは片目を瞑って仲間の女肉に合図を送り、音を立てぬよう慎重にドアノブを掴んで回し始めた。これで食堂車を難なく攻略できたと思われた矢先、アスキヤが逃亡を図った当初から追いかけてきた東堂一派が食堂車に入ってきた。鉢合わせになるように歩いてくるVIP会員の先頭を睨み付け、敵と見做して即座に射殺した。

「うごおおおお、許さんぞ女肉ども、殺す、殺す、私が殺してやるう」

 VIP会員をあっさり殺して除けた東堂に自然と乗組員の視線が集まった。東堂一派の六人は付き合っていられないような戸惑い顔で狂気を喚き散らす東堂の背中を撫でる。明確に女肉という単語を耳に入れた乗組員が、警戒するように沈黙を保って辺りを見渡していると、カチャリと三番車に通じる扉が閉まる不吉な音が車両内に響いてきた。

「皆の衆、呑気に飯を食っている場合ではないぞ。女肉だ、女肉の後を追ってぶち殺せ。奴等は愚かにも私から逃げようとしてるのだぞ、これを放棄してお前達は乗組員と言えるのか」

 東堂は車両内を照らす天井のライトに向けて何度か発砲した。殺意を込めた銃声に驚いた乗組員は、強迫観念に駆られて気を付けで立ち上がる。東堂は野太い悲鳴を上げて逃げ惑うVIP会員を残らず射殺して、三番車に逃げ込んだと思われる愚かな女肉の後を追いかけた。生存する捕獲担当の乗組員全てが東堂の後に続いて、十五人以上に膨れ上がった敵襲が殺意の足音を激しく打ち鳴らす。

 アスキヤは両腕を大きく振って食堂車と三番車を結ぶ通路を駆け抜けていた。三段階で中に認定された仲間の女肉五十人が、人幅分を残した左右の牢屋に別れて投獄されている。二番車に通じる扉の前には、予期せぬ侵入者に驚いて内通電話を耳に添えている雑用担当の乗組員の姿が認められた。乗組員は腰のベルトに差している拳銃を引き抜いて、アスキヤともう一人の女肉に狙いを定める。

「皆、少し待ってて。私がすぐにそこから出してあげる」

 アスキヤは救世主の到来に歓喜の声援を上げる仲間の女肉を安心させた。両手に携えた中華包丁を構えて、照準を定められているにも拘らず勇敢に駆け出した。

「うわ、動くな。止まれ、止まれよ、そこを動くんじゃねえ」

 雑用の乗務員は慌てて黒電話の受話器を置き、アスキヤの肩口を抜けるように威嚇射撃を行った。雑用のために不慣れな射撃の腕前のせいで狙いは大きく逸れ、真正面に突っ込んでくるアスキヤの額を弾丸が掠めて天井に突き刺さった。額に数ミリの切り傷を負ったアスキヤは間合いに入った瞬間に包丁を振り上げ、殺人に躊躇のない冷徹な瞳で乗組員の首筋を掻っ捌いた。

「があああああ、この、野郎」

 瞬く間に噴き上がった夥しい鮮血がアスキヤの全身に浴びせられる。雑用の乗組員は千鳥足になって白目を剥き、殺人者のアスキヤに覆い被さるように倒れ込んだ。

「ごめんなさい。でも、私はあなたより仲間の命が大事なの」

 アスキヤは自らの手で斬殺した乗組員の冥福を祈って、乗組員のポケットから零れ落ちた牢屋の鍵を拾い上げた。咄嗟に背後を振り返ると、供に三番車まで生き残った仲間の女肉が食堂車に通じる扉を押さえてアスキヤに笑みを送っている。アスキヤは仲間の良き計らいに感謝して、鉄製のリングに通された二本の鍵を牢屋の鍵穴に差し込んだ。錆付いた鍵を左に回して錠前を取り外し、窮屈な檻の中に閉じ込められていた女肉五十匹の救出に成功した。

「アスキヤ、ありがとう、あなたのおかげで助かったわ。もう、死ぬかと思ったよお」

 嗚咽染みた仲間の歓喜の叫びが車両内でどっと沸き上がった。アスキヤは一仕事終えたような満面の笑みで複数の仲間と熱い抱擁を交わしていた。

 感極まった女肉の抱擁を台無しにするように、東堂を先頭に攻めてきた乗組員が仲間が押さえ付けている扉に銃弾を乱射してきた。耐久性を重視して設計されているのでそう簡単に風穴は開かないが、銃弾と同時に男性の強烈な蹴りを浴びせられて、扉を支える女肉ごと弾き飛ばされそうになっている。アスキヤが動揺しておろおろと狼狽する仲間を収束させようと目一杯を息を吸い込むが、ここで全車両に取り付けられたスピーカーから場違いの関谷のアナウンスが聞こえてきた。

「乗組員、及び御乗車下さったVIP会員の皆様、お待たせいたしました。間もなく、終点の女肉に競り市に到着いたします。これより徐々に停車作業に入りますので、速度は落ちることかと思われますが御安心下さい。後二十分余りで到着いたします。この度は六時間の長旅にお付き合い頂き、誠にありがとう御座いました」

 先頭車両で職務を全うする関谷は、騒乱に満ちた車内の状況が把握できていないようだ。アスキヤはアナウンスの音に負けじと全力で声を振り絞って二番車まで逃げるよう仲間に促した。女肉の捕獲に異常な執念を燃やす東堂の一団は、全身全霊を込めて扉を封鎖していた仲間を弾き飛ばして、二番車に通じる窮屈な扉に雪崩れ込もうとする女肉の最後尾に銃口を向けた。

「皆、一旦こっちに来て、次の車両まで逃げるのよ。狭い通路から扉を潜り抜けてくる奴等を一人ずつ誘きだせば、こちらが圧倒的に有利だわ」

 女肉の群れを統括するアスキヤは先陣を切って通路に駆け出したが、周囲を包み込む異様な静けさに気付いて後方を振り返った。本来は三番車の女肉を後回しにして運転席を乗っ取る算段だったので、二番車の女肉を車外に逃がす方法まで考えていなかったが、アスキヤは余りにも予期せぬ展開に呆れるように絶句していた。

 後方から大挙してきた仲間の女肉は、我先にと急ぎ過ぎたせいで扉を潜れずに支えていた、隣同士に並んだ肉体が潰れそうに犇めき合って骨を軋ませている。アスキヤは仲間に失意したような深い憤りを覚えるが、ぐっと胸を押さえて高ぶる感情を鎮め、扉で支える仲間を救出しようと通路を引き返す。

「駄目よアスキヤ。私達が後ろの連中を何とかするから、アスキヤはまだ逃げていない他の仲間を助けだして。私達は大丈夫だから、頼んだわよ」

 アスキヤは通路を引き返していた足を止めた。三番車で東堂の一団と交戦する覚悟を決めた仲間に応えようと頷いて、再び本筋に戻って二番車に通じる扉へと駆けていった。牢屋から開放された三番車の女肉は、逃げ場を失って漸く勇敢なサトカチの女の気丈さを取り戻していた。命を捨てる覚悟で先頭の東堂に突進していった。例え指で眼球を刳り貫かれて失明したとしても、頭部を弾丸が貫通して犠牲を伴なったとしても怯まない五十匹の女肉のは、戦い慣れした東堂の一団と対等以上に渡り合っていた。

「先頭車はまだなの。もうすぐ、もうすぐで列車の扉を全て開けれる。扉さえ開ければ、間違いなく私達は助かるのに」

 アスキヤは疲労が蓄積する両足に鞭打ち二番車の扉を開けた。良質の女肉が捕獲されていた二番車はもぬけの殻になっていた。アスキヤは細心の注意を払いながら左右に別れる簡素な個室の合間を縫っていく。飼葉が敷き詰められた個室には人気がなく、アスキヤは目標の先頭車に辿り着けそうな達成感に胸を躍らせた。 

 アスキヤは先頭車に通じる扉に距離を詰め、いよいよ本懐である列車の停止と扉のロック解除を遂行する緊張感を持続させてドアノブに手を触れた。

 扉を開けかけたアスキヤの視野の端には、体を丸めて陰湿な怨念を吹き上げる異様な乗組員が蹲っていた。アスキヤは丸坊主の頭髪を露にする五十嵐の待ち伏せに驚愕して、恐怖を振り払うように後方に飛び退いた。扉からは四、五歩ぐらい離れた距離で着地すると、本人が背負い切れない自責の念で陰湿になった五十嵐が扉の前に立ち塞がった。彼の瞳は逃亡を企てるアスキヤに興味を抱いていなかったが、下等生物と見做した女肉で陰気な気分を解消させる明確な殺意を放っていた。雑用にも携帯が義務付けられるベルトの拳銃を引き抜き、戸惑いに顔を凍り付かせるアスキヤに足を忍ばせる。

「あーあ、今更戻ってくるなよなあ。お前達が暴れたせいで、俺は明日には消される可能性が高いんだよなあ。きっと、そうなんだろうなあ。ふう」

 五十嵐は無造作に距離を詰めてアスキヤの額に銃口を押し当てた。息継ぎと同じ感覚で溜息を洩らす五十嵐は投げ遣り気味な小言をアスキヤに聞かせていた。列車の情報を外部に漏らした過去の乗組員と同じように存在を抹消されると確信を抱いてるようだ。五十嵐には死の恐怖に抵抗する意欲は萎えており、行き場のない憎悪をどのように晴らすかを熟考していた。偶然舞い戻ってきた憎らしき女肉を標的に選んだのは、何ら不思議ではない自然な流れであった。

 五十嵐の経緯を知らないアスキヤは、他の乗組員とは異なる陰湿な五十嵐を哀れむように眺めていた。仲間の女肉と共同して造反を企てたせいで死の絶望に堕ちたと知れば同情の余地もあっただろうが、アスキヤは目の前の五十嵐に慈悲をかけず、五十嵐に気付かれぬように右足を背後に振り被った。五十嵐は傷付いたアスキヤの美貌を鑑賞し終えて、そっと引き金に指を添えた。

「うご、がばっ、あがああああ」

 立て続けに五十嵐の悲鳴が上がった。引き金に手を掛けた直後にアスキヤの右膝が下腹部に入り、悶絶して地面にへたり込む寸前のところで少年の顔立ちを蹴り上げられ、アスキヤは止めを刺すように仰向けに倒れた五十嵐の顔を踏み砕いた。呆気なく倒された五十嵐はうわ言のように関谷の名を呟き、観念するように手から銃を離していた。 

「くそお、女肉のせいで、俺の人生は、楽しみは、将来は、台無しだ。はあ、終わった」

 五十嵐は絶望を呟きながら両目に大粒の涙を湛えていた。アスキヤは憎悪を抱くべき五十嵐に柔らかな笑みを送っていた。五十嵐は女神が舞い降りてきたような神秘的な光景に胸をときめかせ、忘れ掛けていた笑顔を取り戻して手を伸ばすが、アスキヤが五十嵐に送ったのは手錠で縛られた両手ではなく、拾い上げた拳銃から発砲した冷たい鉛弾だった。

 五十嵐と二人きりの二番車に高い銃声が鳴り響く。五十嵐は大粒の涙を頬に伝わせて大の字に倒れ、後頭部を貫通した弾丸の跡から地面に大量の血を染み渡らせていた。

「何が女肉のせいよ。あなたの仲間が私達を捕まえたから憎しみ合ってるんじゃない。絶望するのは構わないけど、勝手な妄想で自分を正当化しないで」

 アスキヤは激情に駆られて、瀕死の五十嵐にもう一発弾丸を撃ち込んだ。鼻の頭を削って脳内に潜り込んだ弾丸は、五十嵐の顔立ちを醜悪に変えていた。

「ごめんなさい」

 アスキヤは救いのない言葉を死者に告げて、先頭車に通じる鋼鉄の扉を開けた。

 過度の運動で上昇してきた体温を下げるような冷気が通路内に吹き荒ぶ。アスキヤが嘗て駆け抜けてきた通路とは違って杜撰な設計になっているようだ。アスキヤは列車の扉を開閉する装置が果たしてあるのだろうかと疑念を抱きながら、警戒態勢が及んでいない先頭車の扉を開けた。

「あ」

 機関部に侵入したアスキヤの第一声が洩れた。遥か遠方を見通せるアスキヤの目に関谷の姿が飛び込んでいた。蓋を開けた炉の中に燃料を詰め込む作業に没頭していてこちらには気付いていない。アスキヤは両手に携えた拳銃を前方に構えて、関谷の後頭部に照準を定めた。

「ごめんなさい」

 アスキヤが冥福を呟いて引き金を引くと、カチャリと弾詰まりの音が鳴った。強靭な両腕の筋肉でスコップを振るっていた関谷は音に気付いて振り返り、弾詰まりに焦って何度も引き金を引いている全裸のアスキヤの登場に驚いていた。

「お前、逃げてきたのか。さっきから電話して誰も出ないと思ったら、そういうことか。僕に何か用でもあるのか」

 関谷は自身のベルトに差し込まれている拳銃を引き抜いた。標的に向けて一度も撃ったことはないが、弾詰まりを起こした拳銃の所持者よりは優位に立ってるだろう。アスキヤは苛立ちを隠せずに持ち前の美形を強張らせていたが、相手は虚弱な関谷だと思い立って、降参するように束ねられた両手を頭上に掲げた。脇を開いた両腕の頂点から銃を地面に落として、関谷を嘲笑うように笑みを見せる。

「初めて会った時にあなたが先頭車に入るのを見てたけど、やっぱりあなたが運転手だったのね。悪いことは言わないわ、私に協力して頂戴。この列車を今すぐ停車させて、全ての扉を開けて欲しいの。そうすれば、私の仲間は助かる。そして、人間が大好きなあなたの心も救われる。そう、だよね」

 アスキヤは真摯な眼差しで人間としての関谷の心に訴えかけてた。関谷はごくりと息を呑み込んで、拳銃を握っていた拳銃を躊躇いにぶれさせていた。アスキヤは予想通りの反応を示してくれる関谷の目から視線を逸らさず、降参した筈の足を一歩ずつ前に踏み出していく。関谷は胸の内で封じ込めていた恐怖を復活させて、臆病に後ずさりしていた。

「違うよ、僕は、優しい奴なんかじゃない。残忍で、自分が生きるためには手段を選ばない卑怯な奴だ。そうだろ、そうだよなあ」

 関谷は打算的な笑顔で歩み寄ってくるアスキヤに怯えて、引き金に指を添えていた拳銃を地面に落としてしまった。関谷は慌てて拳銃を拾い上げようと身を屈めるが、瞬時に距離を詰めてきたアスキヤの素足が拳銃を蹴り飛ばしていた。拳銃は回転しながら豪雪の大地を映し出す前方のガラスに跳ね返り、鋼鉄製の天井に衝突して、勢いを失いながらアスキヤの背後に落ちた。

「違わない。いい、あなたは私に協力したいと思ってる、本当は誰よりも人間が大好きな慈善家さんなの。あなたは困った私を見ると放っておけないでしょ。助けたいと渇望してるでしょ。さあ、自分の気持ちに素直になって。あなたはこれまで犯してきた全ての罪を清算するため、私に協力しなさい」

 アスキヤの口調は子供を躾ける母親のそれと酷似としていた。関谷は現実を逃避するように頭を抱えて、冷静に取るべき次の行動を考える。慈悲を排除していた瞳は脆くも崩れ去り、人間に執着する性根がアスキヤの要求に傾き始めていた。容易に傾けるならあっさりと寝返っていただろうが、女肉の脱出を幇助する愚行を犯せば自分の存在は抹消されるだろう。関谷は深刻な葛藤に頭を爆発させそうになり、雑念に押し潰れそうになる自分を奮い立たせるように吠えた。

「嫌だ、僕はお前の言いなりにはならない。お前等なんか死ねばいい、人間の口に入って、食われてればいいんだよ」

 関谷は悲壮めいた顔付きでアスキヤの要求を拒絶していた。アスキヤは失望したように溜息を付いて、手錠で束ねられた両腕を振り上げ、渾身の力を込めて関谷の頬に振り下ろした。

「あぐっ」

 勢いの付いた手錠の金具は頬に叩き付けられ、関谷は呆気なく真横に弾き飛ばされた。横様に地面に倒れ込んだ関谷は、奥歯を砕かれた痛みに堪え切れず、左手で頬を押さえて地面をのた打ち回った。

「他人のこと言えた義理じゃないけど、人の命を軽く扱うのは止めなさい。あなたにとって私は虫けら以下の存在かもしれない。けどね、私は必死に生きているんだからね」

 アスキヤは戦意を喪失して嗚咽を洩らす関谷を説き伏せた。情感に駆られて泣き喚く関谷を放置して、アスキヤは当初より計画していた作戦を完了させるために、機関部に配置されたパネルの彼方此方を適当に押して見た。ボタン状の造りになっており、アスキヤが両手で圧力を加えれば簡単に窪んでいた。取り敢えず配置された数だけ押してみるが、特に変化の兆しは表れなかった。

「ねえ、どうやったら列車は止まるの。どうやったら扉は開くの。もうすぐこの列車は終点に着くんでしょ、早く使い方を教えてよ」

 アスキヤはスピーカー越しに聞いていた関谷の車内連絡を思い出していた。当の関谷は必死に頬を撫でて、刻一刻と迫りくる時間制限に慌てるアスキヤの困り果てた顔を眺めていた。関谷が嗜好する黒髪の美貌は両目に涙を湛えており、自己解決できない心労に悶える関谷の胸を鋭く抉った。 

「悪いけど、そのパネルに意味はなくてね。列車の扉は完全に停車した場合にしか開けないんだ。扉を開けたいならまず列車を止めることだね。と言っても、さっきから僕が車させようとしてたけどさ。そうそう、この列車ね、止まるまでに十五分くらいかかるんだ。女肉の腎臓を炉で燃やして十五分、マニュアルにそう書いてあった。だからあなたがいくら止めようと努力しても、女肉競り市の従業員が待っている終点までは止まらない。残念だったね」

 関谷は間接的に列車の説明を交えてアスキヤを失望させた。結局、関谷が慈悲に駆られてアスキヤの手助けをしても列車は終点まで止まれないのだ。関谷は初めて運転手の職場に着いた時に、女肉売買列車に勤務していた乗組員からマニュアル本に目を通すよう説明されていた。関谷は指示通りに運転手のマニュアル本を読み耽っている内に、この女肉売買列車は女肉の臓器や肉を食って機能していることがわかった。列車は単純な無機質の塊ではなく、実際は生き物のように外部から栄養を補給して豪雪を走っているのだ。この列車の運転手に就任するというのは、動物の世話を担当する飼育係に等しい。列車に速度を上げる命令を下す女肉の肩肉、全車両に電気を行き渡らせる命令を下す女肉の肝臓など、関谷は人体の各種部位を記憶して、必要に応じて炉の中に燃料を放り込んでいたわけである。

「そんな、列車が止まらないなんて。それじゃあ私は仲間を犠牲にしただけで、結局誰も助けられずに食べられてしまうの。そんな、そんなのってないよ」

 関谷は、失意の涙を頬に伝わせるアスキヤを虚ろに眺めていた。郷里の母親がこの場に鉢合わせていれば、間違いなく力を貸してやれとどやされるだろう。関谷は、いつまでも人間を捨て切れない人格形成を施した両親を心の底から恨んだ。そして、女肉売買列車の運転手として培った経験と知識を全て引っ張りだすことにした。どうせ列車の説明を外部に漏らせば消されるのだから、関谷は投げ遣り気味になってアスキヤに協力する気になっていた。

「あ、あれならどうかな。いや、でも、あれは確か危険だと書いてあった。緊急脱出装置とは書いてあったけど、試したことがない」

 関谷は記憶の片隅に眠っていた最終手段を思い付いた。アスキヤは詳細を出し渋っている関谷を睨み付け、激しい剣幕で「何、どうやるの。知ってるなら早く押してよ。お願いだから」と、紅潮させた顔を迫らせた。

 関谷は困ったように頭を掻いて、鋭敏に危険な手法を選択しようとする危なげなアスキヤの背後を指差した。アスキヤが関谷の指差す方向に釣られて振り向いた。丁度、女肉の内臓を収めている巨大な籠の中を差しているようだ。

「あそこに入ってる肝臓の中に、腎臓を詰めて炉の中に与えれば緊急脱出装置が作動すると書いてあった。詳しいことはわからない。ただ、危険だから使うなといった感じの注意書きがあったよ。十五セットくらい放り込めば、作動するんじゃないかな」

 関谷の説明に合わせて、アスキヤはすぐに行動を開始していた。巨大な箱の中に詰まった滑り気のある内臓を掻き分けて肝臓を掴み上げる。不慣れな作業と両手を束縛する手錠のせいで挙動は遅く、十五対の緊急脱出用の燃料を生産する頃には到着してしまいそうだ。関谷は独特な滑り毛に苦労しながら内臓を組み合わせるアスキヤに見兼ねて、自棄気味に緊急停止装置を作動させる決意を固めた。

「仕方ない、僕も手伝ってやるよ。死にたくはないけど、あなたに化けて出てこられたら夜は寝付けそうにないからね」

 関谷は地面に手を着いて立ち上がり、迅速にスコップを拾い上げた。巨大な籠の中に敷き詰められた肝臓十五個の表面に狙いを定め、硬質なスコップの先端を使った突きの連打で穴を開けていく。アスキヤは女肉のために手取り足取り働いてくれる関谷を微笑ましそうに眺めて、不器用ながらも積極的に肝臓と腎臓を合体させて新たな燃料を作りだす。

「急げ、後五分もすれば到着するぞ。僕が炉の中に入れるから、あなたは足りない分の燃料を作ってくれ」

 関谷は十三対の燃料を生産した辺りで、天井から吊り下がる三角形のレバーを引いた。炉の蓋が縦に開いて、大量の腎臓が焼かれた炉の灯りが外部に洩れる。関谷はスコップを巧みに使って、地面に並べた燃料を掬い上げては、燃え盛る炉の中に放り込んだ。アスキヤは関谷の予想を遥かに超越した緩慢な動作で、やっと十四対目の燃料を作り上げていた。

「ごめんなさい、まだ一個足りないわよね。すぐに作るから待ってて」

 アスキヤは仕事に熱中する清閑な顔付きに変わってきた関谷に畏怖していた。切り込みを入れてある肝臓を拾い上げて、犬歯で腎臓が詰め込めるだけの空間を作ろうと噛み付いた。十三対の燃料を投じた関谷はアスキヤを急かしように掌を伸ばすが、突然、女肉売買列車を牽引する機関車の煙突から黒煙が噴き上がった。列車はおろか、何処の世界とも知れない豪雪の大地全体が揺らぎ始め、関谷とアスキヤは激しい揺れに体勢を保てず地面に転倒した。

「なに、ねえ、一体何が起こってるの。もしかして、燃料を入れた影響」

 アスキヤは関谷に尋ねるように疑問を吐いた。関谷はどれだけ過去を遡っても記憶に存在しない異常事態に恐怖して、アスキヤが生産してくれた十四対目の燃料を炉に放り込めなかった。

 関谷とアスキヤが地響きに恐れを成している内に、女肉売買列車の二番車から最後尾までが不規則に揺れ始めた。二番車から一番車を連結する通路も一緒になって崩壊しそうな鈍い軋みを上げている。地面に身を伏せて揺れの収まりを待っているアスキヤと関谷は、空気が膨張するような音を立てる二番車の方向を眺めていた。

 ボン、と、小さな爆発音が鳴った。関谷とアスキヤには爆発を理解しただけで具体的な現象は視認できなかった。またボン、と、小さな爆発音が鳴った。ボン、ボン、と面白いように爆発音が連続して鳴った。最初の爆発よりはっきりと音が聞こえている。若しかして段々と接近して来ているのか。

 爆発音が七発打ち鳴らされた後に、アスキヤと関谷は二番車が、いや、正確には二番車を含めた通路が空気の膨張音と供に空中に打ち上げられた壮大な光景を目撃していた。前方に回転する車輪の運動を無視して空中に飛び上がった二番車は、先頭車の内部にいるアスキヤと関谷には到底確認できない豪雪の空の中に消えていった。

「飛んだ、これが緊急脱出装置なのか。だが、着地時の衝撃には耐えられるのか。死ぬんじゃ、ないのか」

 関谷は尤もな疑問を吐いて顔を蒼白させた。アスキヤに加担して脱出の仕方を教えたばかりか、女肉諸共乗組員を抹殺したような罪悪感に苛まれる。アスキヤも仲間に止めを刺してしまったような極大の不安に駆られて顔を蒼白させていた。

 二番車を空中に打ち上げた爆発は先頭車に繋がる扉も剥ぎ取っていた。扉が填っていた空間からは外界の豪雪が入り込み、関谷とアスキヤの全身に凍て付くを冷気が衝突している。

「落ちてこないね。もしかして飛んでも大丈夫なんじゃないかな。取り敢えず燃料を足してみようよ」

 アスキヤは全身の感覚を麻痺させる冷気に声を震わせていた。一先ず生死の確認が取れない列車の打ち上げを現実として受け止める切り替えの早さを見せている。関谷の承諾も取らずにシャベルの上に乗った十四対目の燃料を不器用に掴み上げ、幸運を願って炉の中に投げ込んだ。底知れぬ罪悪感に苛まれていた関谷はアスキヤの愚行に気付いて、憤怒の怒りに満ちた鬼の形相をアスキヤに迫らせた。

「馬鹿、何やってんだよ。落ちてこないからって平気なわけじゃない。これ以上やったら本当に危ないんだぞ」

 関谷が声を荒げてアスキヤを咎めると、関谷の悪い予感は見事に的中して先頭車は不規則に揺れ始めた。アスキヤと関谷は左右に揺さぶられて、成す術もなく体勢を保てない傾斜へと変質した地面を滑らされた。列車ごと飛ばされる恐怖感に駆られて、二人は悲鳴を上げながら咄嗟に抱擁を交わしていた。

「これも飛ぶのね、怖い、生きて、帰れるかな」

 アスキヤは臆病な顔付きで唯一の頼れる存在となった関谷に尋ねた。関谷はアスキヤを胸に抱き留めて車体を左右に往復しながら、これで最後になっても悔いが残らぬように、何か遺言のようなものをアスキヤに託しておきたかったが、恐怖に駆られて結局適当な言葉が見付からなかった。

 ボン、と爆発音が鳴った。先ほどと同じように先頭車は空中に打ち上げられていた。だが遥か空中に消えていった車両より遥かに低い高度で勢いが止まり、ゆっくりと縦に回転しながら元の線路が敷かれていた豪雪の大地に正面から突っ込んだ。

 垂直に突き刺さって前面を大破させていく女肉売買列車は、体勢を保てずに更に一回転して、車輪が仰向けになるようにその巨体を線路に叩き付けた。

「うう、ここは、何処だ。僕は、生きてる、生きてるのか」

 何故か車内を飛び出して雪の大地に墜落していた関谷は慌てて上体を起こした。どうやら、爆発の衝撃でアスキヤに絡ませていた腕を解いた際に振り落とされたようだ。剥ぎ取られた扉の空間を幸運にも擦り抜けて、着地の甚大な衝撃を回避できたというところだろう。

「はあ、良かった。取り敢えず、生きてたな」

 関谷は疲れたように長い溜息を付いて辺りを見渡した。死線を供にしたアスキヤの姿を探そうと立ち上がって、膝元で埋まる豪雪を歩き出した。原型を留めていない大破した列車の周辺を中心に徘徊して、時には腹から声を振り絞ってアスキヤの名を呼び掛ける。

 だが、無常にもアスキヤは返事をしてくれなかった。女肉売買列車の運転手して働いてきた中で、女肉一匹の存在がこれほど気懸かりになったのは初めてのことだった。

「おーい、大丈夫ですかあ」

 割と近接する距離から男性の声が聞こえてきた。関谷は嫌な胸騒ぎに駆られて声が聞こえた方に振り返った。視界を悪くする豪雪の霧が晴れていき、レンガ造りの円形の建物が浮かんでくる。トンネルのような構造になった建物の内部には明かりが灯り、女肉競り市という駅名を記した看板が遠方からでも垣間見えていた。大破した列車は既に女肉競り市の目前まで迫っていたようだ。

「まずい、体が消えてしまう。おい、来るな、こっちに寄って来るな」

 関谷は終点とは逆歩行に駆け出した。遠方から駆け寄ってくる競り市の従業員らしき男との距離が詰まる毎に、関谷の全身は支給された制服ごと透過していた。関谷は女肉売買列車が終点に停車してから、実際に女肉が売買される競り市の様子を一度も見ていなかった。

「やめろ、来るな。僕に近寄るなあ」

 それは終点に着いた直後に、不可思議な力に襲われてこの豪雪の景色から肉体が消失するからだ。いつしか雪道に足を取られて転倒した関谷は、心配そうに声を掛けてくる駿足の従業員に追い付かれていた。

 下半身から完全に透明になっていく関谷の肉体は、夢の一時を終えたように豪雪の世界からその存在を消失させた。

 

 

 高層マンションの二十七階に朝の光が差してくる。

 女肉売買列車の運転手になる取り引きを交わした男に与えられたこの室内には、柔らかい羽毛布団を被せた関谷がベッドで心地良さそうな寝息を立てていた。

 やがて、枕元に置いていた目覚まし時計が鳴り響いた。関谷は悪夢を振り払うように飛び起きて、忌々しい目覚し時計を乱暴に殴り付けて停止させた。

 水玉模様のパジャマを羽織っていた関谷は、電話の呼び出し音が鳴り響くテーブルの方に振り向いた。

「こんな朝早くに、誰だよ一体」

 目覚まし時計の針は七時丁度を刻んでいた。関谷は気だるそうに寝惚け眼を擦って、プッシュ式の電話の他に、腐臭を発する色々な生肉が乗せられたテーブルに歩み寄った。

 関谷は受話器を外して耳に添えた。すぐに懐かしい郷里の母の声が聞こえてきた。

「高次、元気でやってる。もうすぐ正月になるからね、実家に帰っておいでよ」

 関谷は久し振りに聞いた母の声に胸を躍らせた。実は、郷里の母のために女肉売買列車の給料と昼間のアルバイト代を合わせて高価なダイヤの指輪を母の誕生日にプレゼントする積もりなのだ。十カラットの光り輝くダイヤに母は飛び上がって歓喜するだろう

「うん、分かったよ。心配しないで、こっちは元気にやってるから」

 関谷は最良の返事を述べて、いつも通りにパジャマの懐に余った手を忍ばせた。女肉売買列車での出来事が全て夢物語だったら良かったのに。そんな初めて列車から帰還した時に抱いた甘い期待を打ち砕いた札束が懐に納まっていた。

 運転手の基本給、約十万円。そして、肉と金銭のどちらからを選択できる多額の口止め料。関谷はまるで置物のようにテーブルに載せられた食べ掛けの女肉の残骸に視線を移した。関谷は、口止め料を肉で選んでいた。

「母さん、来月の誕生日プレゼントだけどさ、今日送ることにするよ。こっちの都合でね」

 関谷はゆっくりと手を伸ばして、本日の口止め料に頂いたらしい女肉の頬に触れた。新しくテーブルに載せられた女肉は下半身が切断されて、良質の女肉だけが有する黒髪の美貌を宿していた。

 本日の口止め料は、虚ろな瞳で遥か遠くの世界を見ているアスキヤの遺体だった。全身の至る所が切り刻まれて品質が著しく低下したのだろう、関谷は通常は手に入らない良質の女肉の乳房に顔を迫らせる。

「あれ、高次、変な音がするよ。電話が故障してるの」

 僕は、女肉の脱出を幇助してしまった。女肉売買列車の暗黙のルールに則って、もうすぐ誰かに消される恐れがある。人間を捨て切れなかった僕に責任があるのだからそれは仕方ない。死ぬのは途轍もなく怖いけど、潔く死を受け入れよう。

 その前に、やり残したことが二つだけある。

「ううん、何でもないよ。期待しててね、僕の誕生日プレゼント」

 そうだ、若しもを考えて購入して置いたダイヤの指輪を母宛に送らなければ。危険な橋を渡ってまで報酬を得たのに、貯金だけ蓄えて死に絶えるのは損するだけだ。この上質な女肉を堪能したら、余所行きの服に着替えて宅配便の窓口に走ろう。

 バリッ、クチャ、モグ、ベリッ、グチャ、僕はアスキヤの乳房を歯で引き千切って食べている。

「おかしいわね、音が消えないわ。仕方ない、高次、その誕生日プレゼントに期待してるわ。高次が帰ってくるのを心待ちにしておくわね」

 電話越しに聞こえていた母の声は途切れた。不愉快な音が断続的に鳴り響いたせいだ。恐らく二度と母の声は聞けないだろう、女肉を食べる手を止めなかったばっかりに、残念だ。

 グチャ、バリッ、ミシッ、ゴリッ、僕はアスキヤの右腕を包丁で切断して、肉がこびり付いた骨をしゃぶっているよお。

 女肉売買列車、思えばあそこは未だに不可解な職場だ。夢であるように見せかけて現実を脅かしてくれるタチの悪い演出まで用意してやがる。僕はたまに何故あの職場で働き続けるのだろうと考え込んだことがある。辞められないからとか、生きるためとかいうのは尤も解釈なのだが、根本的にこの職場から離れられない理由があるような気がする。

 ズチュ、パリッ、ドグッ、僕は床に寝かせたアスキヤの性器を固いもので貫きながら、犬歯で薄い唇を剥ぎ取っているんだあ。

 これは飽くまで僕個人の主観的な見解だが、女肉を初めて食べた時はその上質な味わいに感動した。女肉は虫ケラのように扱われていると感じているだろうが、実はそれは誤解なんだと思う。僕がそうであるように、乗組員には繊細で生真面目な人間も存在していた。実際に女肉を人間として扱えるような温厚な乗組員を数限りなく見てきた。そんな乗組員の人格を狂気に誘ったのは、食べるだけで、食欲と性欲を満たせ、女を制した優越感に浸れる極上の料理を目の前に出されたからだ。

 グチュ、僕はアスキヤの首に両腕を絡めて接吻を行っている。

 人間としての自尊心が根強く残っていれば、乗組員は初仕事の後にでも迷わず自殺を選んでいた筈だ。それを実行できなかったのは、女肉を殺したくなるほど愛していたからだ。愛の形は千差万別で、愛する人を食べることで成立する愛があってもいい筈だ、そうだ、そうだろう。

 女肉は美味しい。この絶対的な真実を覆せなかったから、僕達はきっと、止められなかったんだろうなあ。

 

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