女肉売買列車 前編

 

 一

 

 降り積もる雪が、足場を滑りやすい白色に変えて、静止を要求されるアルバイトに入った関谷高次を困らせる。

 視界を悪くする雪景色に負けじと華やかな装飾で彩られた都会の街並みには、膝元まで隠した褐色のブーツと厚手のコートを羽織った女肉がちらほら見受けられる。正式には女性と呼称されるべきのそれは、関谷が深夜に入れたアルバイトの影響で女性と尊重できない只の肉の塊と化していた。

 凡そ一般人とは異なる女性観を抱いてしまった関谷は、昼間のアルバイト先の事務所から支給されたピエロの衣装で全身を固めていた。主な仕事内容は関谷の位置から数キロ先に新設された巨大テーマーパークに誘導することであり、首から矢印が描かれた案内板を紐で吊り提げ、太い芯を通したかのように両手の指先を伸ばして全身を硬直させている。雪国で育った関谷の顔は、無闇に白粉を塗らずとも白皙の健康的な素肌を覗かせていた。

 賑やかな通りを歩く人々の大半は、派手なピエロの装いで自己主張する関谷にあまり興味を示さなかった。都会では珍しい豪雪にはしゃぎなら目的地に駆けて、関谷の目の前をそそくさと通り過ぎていくばかりだ。喉かな静寂を嗜好する関谷にとっては都合が良い状況ではあったが、責任感の強い側面もあるので、与えられた仕事を全うしていないような罪悪感に苛まれつつあった。

 指示通りに見事に全身を硬直させる関谷は、雑念を紛らわすように如何わしい深夜の情景を思い浮かべてみた。

 それは、雪景色に溶け込む真っ白な機関車を巧みに操作する深夜の関谷の姿であり、醜悪な顔立ちの女性を最後尾の車両に押し込める作業を手馴れた様子でこなす関谷の姿であった。関谷は、深夜に列車を走らせる運転手のアルバイトに務めていた。

 列車の運転について何の知識も持たない関谷が運転手になったきっかけは些細な出来事だった。予備校に通う目的で、最愛の母が合格を待ち侘びる郷里を離れて上京した頃は、風当たりの冷たい都会に困惑して途方に暮れていた。公園のベンチで孤独に食パンを口に含み、集結してくる薄汚れたハトの群れにパンの耳を分け与えて慕わせていたぐらい無気力だった。そんな関谷に手を差し伸ばした全身黒ずくめの怪しげな男が、関谷に奇妙な取り引きを持ちかけてきた。

 男は言った。「私が生きる術を与える代わりに、お前はある列車の運転手になってくれ」今となっては、些細な出来事であり、記憶の奥底に封じ込められたきっかけではあるが、当時の関谷は藁をも縋る思いで男を頼っていたのだろう。

 関谷の救世主となった男は、未だに名前すら教えてくれないが、連日のように関谷を豪勢な食事に誘ってくれ、高級マンションの一室を購入して関谷に寝床を提供してくれた。予備校の入学金や授業料も全額負担してくれた神のように崇められる存在だった。

 奉仕とも受け取れる男の執拗な好意が、提示された機関車の運転手に就任する要求を断りにくくなったのは言うまでもない。男が取り引き通りの約束を果たして三ヶ月が経ち、関谷は思いの他学業が捗らず、予備校の級友とも打ち解けずに、昼間にアルバイトを入れて現実を逃避していた。そんな生活を過ごしていた矢先に男に呼び出された。

 漸く機関車の運転手として働かされる時が満ちたのだ。関谷は訳も分からず、路肩に停車されていた不気味な黒の光沢を放つリムジンに押し込められた。そしてリムジンが、まだ夏場だった都会の夜景を駆け抜けている内に驚くべき事態が発生した。

 関谷が窓越しに見ていた景色は、いつしか別の世界にやって来たような一面の雪景色に変わっていた。それも果てしなく前方に延びる線路の板に乗って走っていた。呆気に取られた関谷は、駅らしき構内で待ち受けていた屈強な体躯の駅員に車外に引きずり出され、無理やり古惚けた駅員の恰好に着替えさせられた。天井に柔らかな雪を堆積する八両を尻目に、真っ白に染め上げられた先頭の機関車に乗せられた。それから本格的な冬期を迎えた現在に至るまで、関谷は決まって深夜に呼び出されて、機関車が停車した駅の最寄から攫ってきた女性を車両に詰め込んで運搬する危険なアルバイトに務めていたのだ。

 幸い都会には大して知り合いがおらず、口止め料をたんまり貰っているので外部に情報を洩らすことはない。だが、明らかな犯罪行為に加担している自責の念に苛まれ、目の前を足早に通り過ぎていく女性が、只の肉の塊に変わる残酷な光景が頭を過ぎるのだ。連日のように酷くなるそれは悩みの種になっていたが、関谷は自分を捨てることで本来の感覚を麻痺させていた。

 深夜の情景を膨らませている内に、アルバイトの終了時刻が訪れる。関谷は首から提げた案内板を外して、暫しぼけっと昼間にすれ違う風当たりの冷たい都会の人間と、深夜の職場で一緒になる非情な性質を持った同僚を見比べていたが、自嘲気味な笑いを零して我に返った。比べるまでもない、どちらも同じ人間なのだから。

 間近に迫って来たセンター試験や、職場の人間が見知らぬ女性を攫って車両に詰め込む犯罪行為、更に最愛の母が合格発表を待望する郷里のことなど、関谷にとっては、もはやどうでもよくなっていた。

「乗組員一同、及び御乗車下さったVIPの皆様、こんばんは、本日も女肉売買列車の運転手を務めさせて頂く関谷で御座います。終点の女肉競り市まで約六時間の長旅となりますが、どうか、お付き合い下さい。次は、女肉密集地帯前に到着いたします。本日付けで配属された新入りの皆様は、女肉捕獲マニュアルをご確認のほど、よろしくお願いします。それでは、発車いたします、御乗車の皆様は足元にお気をつけ下さい」

 今夜も運転手を務める関谷がスピーカー越しに車内に告げた。雪景色と同化する白色の機関車は、出発を告げる白煙を煙突から噴き上げる。

 そうさ、僕は忠実に与えられた仕事を遂行するだけでいい。それが人として守らなければならない彼と交わした約束であり、僕が退職を宣告されるまで務めなければならない偉大なる仕事なのだ。

 この女肉売買列車に詰め込まれた女肉に人権は存在せず、当たり前のように無惨に殺される。それで、いいだろ。車両に詰め込んだ女肉は闇の競り市に搬送され、女肉として大富豪方に値段を吊り上げられて、最終的には人の胃の中に収まる。動物の肉を食うのは人間なら当然だろ、何か問題があるのか。

 僕は公園で偶然に出会った恩人に選ばれた特別な人間であり、女肉の売買には欠かせない重要な任務を与えられたこの機関車の運転手だ。そうだ、それでいい、与えられた使命に従うのみだ。

 僕は、もう人間を捨てたんだ。

 

 

 二

 

 吹き荒ぶ豪雪の中で発進した女肉売買列車は、車体を小刻みに震動させながら、次の停車駅である女肉密集地帯前に向かっていた。

 全九両編成で構成される車内の四番車に位置する食堂車両では、VIP会員の資格を得た大富豪の賑やかな談笑が飛び交っていた。本日のVIPは三名であり、各自が大富豪の威風を漂わす特徴的な容姿をしており、邪悪な涎を口から滴らせて次の停車駅で詰め込まれるであろう女肉を待ち侘びている。

 大富豪の短絡的な熱望を他所に、主に売買される女肉の捕獲作業に当たる乗組員が集結した六番車では、緊迫した面持ちで、次の停車を嫌悪する乗組員が半数はいた。

 車両内は雑多に木製の椅子が転がった簡素な造りになっていた。皆一様に支給された駅員の装いで全身を固めている。三つボタン式になっている深緑の制服を身に羽織り、足元まで隠した同色のズボンを履いて、寒冷地帯に対応できる軍用ブーツを履いていた。頭部には軍人が採用するような円筒形のドゴール帽を被り、腰に巻き付けられたベルトには、片手で扱える拳銃が差し込まれていた。

 乗組員は背凭れのない椅子を起こして腰掛け、女肉を捕獲する際に用いるマジックハンド染みた捕獲棒を握って、強固な鉄材が組み込まれた鋼の床に据えていた。捕獲棒には人間の頭部がすっぽり収まるぐらいの輪っかが先端に設けられ、丁度、親指が当たる位置に赤いボタンが取り付けられている。

 車両内の中央付近では、年季の入った立派な髭を生やす乗組員が、マニュアル本を片手に念仏を唱える新入りの乗組員を見渡していた。威風堂々と背筋を伸ばして不動を保っており、徐々に速度が落ちてきた列車の様子を熟練の勘で察する。

 男は高鳴る興奮に唇の端を歓喜に歪め、遂に重い腰を上げて、筋肉が隆起した右腕を頭上に掲げた。

「皆の衆、よく聞け。私は実質この列車の最高責任者である東堂初だ。お前達がこの列車に配属された理由など知る由もないが、私の指示通りに動けば必ずや生還できることを保障するぞ。いいか、女肉に一切の慈悲をかけるな。女肉の捕獲を妨害する男は殺せ、排除しろ。ここに連れてこられたお前達ならそれができるはずだ。女肉を数多く捕らえたり、良質な女肉を捕らえたりすればそれに応じて手当てが支給されるから最後まで気を抜くな。ただし、女肉を故意に傷付けて商品価値を下げたものは即刻処刑する。そこは肝に免じておけ。それでは、整列だあ。皆の衆、並べ、並べえ」

 東堂と名乗った男の合図と供に乗組員の半数が一斉に動き出した。腰掛けていた木製の椅子を乱暴に倒して、車両内に設置された四枚の自動扉の前で二列に整列していく。突然の号令に顔を蒼白させる新入りはマニュアル本を落として、東堂の言う通りに列の最後尾に回り始めた。新入りと経験者の数は五分五分といったところだろう。幾つもの修羅場を潜ってきた熟練の乗組員の顔付きは恐ろしく冷酷だった。 

 東堂は隊列を組み終えた乗組員を見渡して満足そうな笑みを浮かべた。準備体操をするように捕獲用を振り回して、先頭に並んだ経験者の傍らで待機する。

 乗組員が整列して二分ほど経過した頃、全車両内の隅に設置したスピーカーからは、運転手を務める関谷の声が響き渡ってきた。

「間もなく、女肉密集地帯前に到着いたします。今宵の密集地帯には、サトカチという民族が潜んでおります。一夫多妻制の法を定めて、女肉は夫を養うために狩猟や採集で生計を立てておりますので、健康的な肉体を保っている女肉が多数潜んでいるかと予想されます。中でも艶のある黒髪が自慢のアスキヤという人物は、競り市で高値で取り引きされると予想される大変貴重な女肉で御座います。捕獲した乗組員には特別ボーナスが支給されますので、振るって捕獲に御参加下さい」

 関谷は予め現場を調査していたような口振りで言い終えた。押し黙っていた熟練の乗組員は薄っすらと笑みを零して、民族サトカチの捕獲に向けて気合の足踏みを始めた。列車は速度を落としていき、豪雪で埋もれた窓ガラスの隙間には、女肉密集地帯という看板が掲げられた構内が僅かに覗いていた。

「皆の衆、いつものように女肉は早い者勝ちだ。争奪戦の際に誤って殺しても私は責任を持たんぞ」

 東堂は邪悪な笑みを零して乗組員一同に告げた。車体が左右に大きく振られて停車する。ゆっくりと自動扉が開いていき、早い者順で隊列を組んだ熟練の乗組員は全速力で構内に駆け出した。初体験の新入りは狼狽して、視界の悪い構内への飛び出しを躊躇っていた。

「ふはははは、怯むな。お前達もさっさと行けえ。女肉を一匹も捕獲できなかった奴は即座に処刑するぞ」

 東堂は高笑いを上げて、新入りの一人の頭部に捕獲棒の輪っかを突っ込んだ。輪っかは新入りの首に掛かった瞬間に収縮して喉元を絞め付けていき、東堂が親指で赤いボタンを押すと輪の部分だけに高圧電流が流された。

「が、あばああああああ」

 両手で喉を押さえた新入りは、全身を異常に痙攣させて眼球を裏返した。あっという間に失神した肉塊が捕獲棒から解放されて床に崩れ落ちる。思わず恐怖の悲鳴を飛び交わせる他の新入りは、獰猛に目を剥いて睨みを利かせる東堂に気圧され、生唾を飲み込んで漸く車外に飛び出した。 

「そうだ、行けえ。サトカチとかいう女肉を一人残らず捕獲しろ。私もお前達の後を追って奴等を捕獲する」

 東堂は豪雪に消えて行く新入りの背中を見送り、車両内の乗組員が全員外に出払ったのを確認してから構内に飛び出した。女肉の捕獲作業に熱狂を覚えた冷酷な瞳で、構内に取り付けられた階段を駆け下りていく。

 全八両を牽引する先頭の機関車からは、乗組員の制服を纏った関谷が構内に出て、女肉の捕獲に走り出した乗組員を敬礼して見送っていた。関谷は乗組員が連れ帰ってきた大量の女肉を、窮屈な車内に押し込める役割が残っているので、この後も外の寒さに耐え忍んで帰還を待たなければならない。

 罪悪感を取り払うために人間を捨てた関谷の瞳は、嫌に無感動な傀儡の人形そのものであった。

 

 

 三

 

 小鳥のさえずりさえ聞こえる筈のない寝静まった深夜、サトカチという民族の女は、広大な雪原に円形の簡単なシェルターを建設して、愛する夫の両腕に抱え切れないほど寄り添い、仲睦ましい幸せな生活を営んでいた。

 男性の絶対数が圧倒的に少ない影響で、気性の荒い男性の性質を持った狩猟を得意とする女性の一人は、シェルターの外部から届いてくる喧噪染みた人外の奇声をいち早く察していた。慌てて愛する夫を起こして、全裸の肉体に防寒具を身に羽織り、狩猟用のライフル銃を肩に担いで、得体の知れない乗組員が迫ってくる外に飛び出した。

「ひょおおおお、女肉見つけたああ、捕まえ、捕まえろよお」

 外には既に二十人を越える熟練の乗組員が、狂おしく乱れた顔を張り付かせて雪の傾斜を駆け下りていた。女肉と表された端正な顔立ちをした黒髪の女性は、遠吠え染みた唸り声を虚空に上げて、穏やかに寝静まる住民の耳に危険信号を送った。

「村の皆、訳の分からん連中が敵意を持ってやってきたぞ。狩が得意な者は早く目覚めて奴等に対抗しろ。奴等は妙な武器を持っているが恐れるな。我らには数々の獲物を仕留めてきた銃がある。早く起きろ、起きろお」

 黒髪の女性は的確に状況を判断して素早くシェルターの裏手に回った。広大な雪原に点在する無数のシェルターからは、黒髪の女性の意志を受け取った勇敢な女性がライフル銃を担いで外に出てきた。防寒具を羽織る大半の女性は茶色混じりの黒髪であり、寒冷地帯で過ごしてきた透き通る青の虹彩を放っていた。

「お手柄ですアスキヤ。皆、足を狙って奴らの動きを封じて下さい。決して人間を殺してはいけませんよ」

 リーダー格の女性が大声で告げて、シェルターの裏手に回った狩猟専門の女性は乗組員の足に標準を定めた。アスキヤと呼称された黒髪の女性が率先して弾丸を放ち、軽快に雪道を跳ねるように突き進む乗組員の右足の太腿を正確に撃ち抜いた。

「ぎゃ、いてえ。いてえよ。おのれ女肉め、よくもやってくれたあ」

 太腿を撃ち抜かれた乗組員は大して苦痛を主張せず、腰に差したベルトから拳銃を抜いた。他の乗組員も左手に拳銃を携えて、ライフルの照準合わせに苦労する女肉に目掛けて一斉に発砲した。

「あ」「ひゃ」「つうっ」「ああっ」「いやあ」

 各地でそんな間の抜けた声が上がった。乗組員が放った小銃の連射が、女肉が指を添えたライフルの銃身を刈るように命中して弾き飛ばしていた。常軌を逸脱した乗組員の射撃の腕前を目にして、大半の女性の顔に焦りの色が浮かび、奇声を発しながら接近してくる不気味な乗組員から逃げるように背を向けた。

「ひょおおおお、一人残らず捕まえろお。女肉を絶対に逃がすなあ」

 雪道に足を取られず迫ってきた乗組員の団体は散り散りに別れて、恐怖に駆られて敗走していく女肉を個別に追跡する。勇敢に足を狙撃して立ち向かう女肉も中には存在したが、痛覚を無視して使命感のみで肉体を操縦する乗組員には微々たる抵抗に過ぎなかった。

 捕獲棒を握った乗組員の魔の手は村落に忍び寄り、遂にシェルターの外壁に追い詰められて捕獲された女肉第一号が現れた。防寒具の耐久性など構わず、全身に強力な電流を走らせて失神させられる。雪原に伏した女肉の肉体は乗組員の肩に担ぎ上げられ、女性の質量に苦労しながら構内の方へと引き返していった。そこに人間としての扱いは存在しておらず、次々に首に輪を掛けられて電流を流され、引越しの要領で肩に担がれて運搬されていた。

「いやあああ、止めて、来ないで。お願いします、近寄らないで下さい」

 遅れて出撃した新入りの乗組員がシェルターの内部に侵入していた。採集を行って生計を立てる慎ましい女肉が両目に涙を湛えて救いを求めている。傍らで臆病に震える男性は妻である六人の女性の背後に身を隠していた。

 新入りの乗組員は女肉を捕獲する罪悪感に苛まれて、前方に突き出した捕獲棒を女肉の首に引っ掛けれなかった。断念したように得物棒を床に置いて、住民を安心させるような笑顔を振り撒く。 

「大丈夫、俺は敵じゃありません。ほら、もう武器は持ってない。これで大丈夫でしょっ」

 凶器を手離して、女肉に味方を主張した新入りの後頭部が爆ぜた。反逆行為と受け取った熟練の七人が、玄関先で崩れ落ちた新入りの背中を踏み付けて内部に侵入してくる。その中には大儀そうに闊歩する東堂が混ざっており、薄い唇の輪郭に沿って伸びる立派な髭を撫でて、這うように後じさりする住民を冷酷に睨み付けた。

「ふむ、アスキヤという女肉はここにもおらんな、つまらん、さっさと捕まえてしまえ」

 東堂は六人に苛立った指示を下して、女肉を盾にして背後に隠れる男性の頭を素早く撃ち抜いた。扇状に広がった女肉と女肉の僅かな隙間を発見して、ベルトから引き抜いた拳銃を発砲したようだ。特別ボーナスが支給される標的のみを狙っている東堂は、無闇に両腕を振り回して抵抗を辞さない女肉を呆れたように見つめていた。

「い、いや、あぐうううう」

 電流を流された六人の女肉が野太い悲鳴を上げて失神した。首に引っ掛けられた強靭な輪を外されず、ずるずると床を引き摺られて、外に広がる雪原の大地に運搬されていく。東堂はシェルターの内部に残り、静かに目を閉じて標的の位置を熟考していた。一向に結論が出てこない内に、熟練の乗組員が息を荒げてシェルターに入ってきた。

「東堂指揮官、今回の目玉商品であるアスキヤと思われる女肉を発見いたしましたよ。遠慮を知らない新入りが捕獲に当たっているのですぐに着いてきて下さい」

 東堂は乗組員の朗報に反応して獲物に飢えた瞳を開眼させた。わざとらしく歓喜に唇の端を引っ張り上げて、待望していた情報を伝令に来た乗組員の頭を手の平で磨り潰す。

「お主が誰だかすっかり忘れたが、大儀を果たしたな。早速私をそこに案内しろ」

 乗組員は照れ臭そうに従順に頷いて、東堂を先導するように雪原の大地を駆け出した。

 雪原を舞台にして繰り広げられた女肉の争奪戦は熾烈を極めていた。開始当初より遥かに減少した女肉の奪い合いが各地で頻発しており、列車に女肉を搬入して戻ってきた乗組員の再登場によって競争率が格段に高まっていた。新入りの乗組員はお零れに授かって女肉を列車に運ぼうとするが、帰路を塞ぐように現れた熟練が、新入りを抹殺して女肉を横取りする構図が完成していた。新入りの乗組員が過半数を占めるのは、熟練の無闇な強奪による殺害が関係しているのかもしれない。

 最早、完全に狩られる側となった女肉の生き残りを取り囲む新入りの三人は、不覚にもライフルの銃弾で両足の太腿を貫かれて、柔らかな雪の大地に各自の顔を減り込ませていた。

 最後まで希望を絶やさず抵抗する女肉は、此度の目玉商品として認定されたアスキヤその人だった。二十代前半であろう端正な顔立ちに這わせた黒髪は肩口で切り揃えられ、サトカチの女にしては珍しい黒の虹彩を放っている。防寒具の下に隠された肉体は、日課である狩猟の運動で完璧に磨き込まれており、熱狂的なファンが多数存在する黒髪と美麗な容姿で商品価値を高めていた。醜悪な顔立ちの肥満体の肉付きより、稀少な美形の肉が愛されるのは、単純な味覚だけに留まらず、視覚で女性を優先する人間ならではということだろう。

 アスキヤは全身に雪を被せて身を伏せ、ライフル銃の上部に取り付けたスコープの接眼部に目を当てていた。なだらかな雪の傾斜を往復して女肉を運搬する乗組員の足に狙いを定める。仲間が連れ攫われる状況下に置かれてはいるが、人間の命を奪わない方針は健在のようだ。

 アスキヤが照準を的確に合わせて引き金を引こうとしたその時に、背後から現れた長身の影が全身に被せた雪に差してきた。アスキヤは影の気配を察して、雪の擬装を解くように仰向けに回転して発砲した。

「ぎゃばっ」

 銃声の高い音が響き渡り、照準を合わせる間もなく発射された弾丸は新入りの頭を撃ち抜いていた。咄嗟の不可抗力とはいえ、アスキヤは殺人を犯した罪悪感に苛まれて顔から血の気が引いていた。

 沈静化してきた雪原に響いた銃声は、擬装を解いて全身を露にしたアスキヤにとって悲劇を招いてしまった。熟練の乗組員に道案内された東堂の一派六名が、アスキヤの逃げ道を塞ぐようにぐるりと取り囲んでいた。

「お主がアスキヤか、なるほど、こいつは上物だ。お前達は手を出すなよ、こいつは私が捕まえる」

 東堂は凍える寒さで氷が張ってきた立派な髭を撫でて、アスキヤが放心状態から解ける前に捕獲棒を振り被った。

 アスキヤがはっと自我を取り戻してライフル銃を構え直すが、先に振り下ろされた捕獲棒の輪が首に掛けられ、銃弾を発射する頃には高圧電流が全身に走っていた。

「あ、ああああああっ」

 思わず洩れた激痛の悲鳴と供に発射された命懸けの銃弾は、東堂が目深に被っているドゴール帽の先端を掠めて上空に消えて行った。アスキヤは電気の強制力で全身を痙攣させながら再び雪の大地に身を伏した。

「なかなか威勢のいい奴だな。女肉捕獲の達人である私に刃向かおうとは。お前達、構内近くまでこいつを運べ、そこから後は私が運ぶ」

 東堂は偉そうな命令を下して、アスキヤの首を絞め付ける捕獲棒を外した。溌剌とした了承の返事を叫んだ乗組員は、六人係でアスキヤの質量を担ぎ上げ、大儀そうに先導する東堂の後に続いて構内に引き返していった。

 最後の砦であったアスキヤが連れ攫われると、此度の狩場に指定された広大な雪原は水を打ったように静まり返っていた。多数の新入り乗組員を犠牲に出しながらも、この地に潜んでいた女肉は全て捕獲され尽くしたのだ。

 女肉売買列車が停車する駅の構内では、女肉を運搬してくる乗組員が急増しており、雑用担当の乗組員が忙しない詰め込み作業に追われていた。その中には運転手を務める関谷も混じっており、最後尾に位置する九番車の扉から溢れてくる女肉の群れを無理やり中に押し込んでいた。

 乗組員の懸命な作業もいざ知らず、構内の階段から最短距離に位置する四番車付近では、帰還してきた乗組員を迎えるようにコック帽を被った調理師の男が横並びに三人立っていた。女肉を持ち帰った乗組員は調理師の男の前に縦に並び、女肉の防寒服を剥ぎ取って、生まれたままの裸体を調理師の男に披露している。

「ううむ、これは酷いですね。おおまけにまけても屑肉だ。悪いけど、九番に持っていってくれる」

 全身に純白の調理服を纏った調理師の男は、全裸を披露された醜悪な顔立ちの骨が浮き出た女肉を審査していた。先頭の乗組員は期待外れの結果に頭を抱え、調理師の男からチケットのような紙切れを手渡されて、関谷が積み込み作業に苦労する九番車に女肉を持っていった。調理師の男はすぐに先ほどの乗組員の名前と戦果を紙に記入していた。縦横の直線で項目を分けたその紙には、良、中、屑といった形式で女肉の品質が三段階に別れており、列車の終着駅である女肉競り市に到着するまでに、予め採点を付けた女肉を車両毎に住み分けているようだ。勿論、品質が高ければ商品価値が生まれるからであろうが、九番車と八番車は重量制限を越えて破裂しそうなほどに屑肉が詰め込まれていた。

 調理師の男は、傍らに散乱した女肉の防寒具を丁寧に積み重ねて、後続に並んでいた髭面の東堂を出迎えた。

「これはこれは東堂さん、今回も良質の女肉は捕れましたかな。早速拝見させて貰いましょう」

 調理師の男が無表情に告げると、東堂は自信満々の笑みを返して、裸体に剥いたアスキヤの肉体を披露した。凍り付いてきた黒髪などの破損は見受けられるが、調理師の男は完成度の高いアスキヤの肉体に目を剥いて、おもむろに股間や乳房に手を触れて感度を探る。東堂は凡そ品質の審査とは関係のない適当な行動に顔を強張らせた。

「ほう、ほおお、これは凄いですな。紛れもない良質の女肉だ。肉付きも良く、適度に膨らませば、競り市で高評価を得られるでしょう。やはり東堂さんの仕入れる肉は凄い、いつものことながら流石ですね」

 調理師の男は何度も感服しながらアスキヤの右手を覗き込んだ。東堂は余裕の笑みを洩らして、特別ボーナスを受け取るように右手を差し伸ばした。

「当たり前だ、私に捕らえられぬ女肉はいない。今回のボーナスも肉で払って貰おうか。周知の事実だろうが、私は金に興味がないんでね」

 東堂は右手の平を覗き込んで押し黙った調理師の男を急かした。女肉の審査結果を記入する紙には、戦果に応じた乗組員の給料も記載されていた。二万円を基本給にして加算式になっているそれは、屑肉ほど追加の報酬は少なく、良質な肉を捕らえた者ほど多額の見返りがあるようだ。良質の欄に「正」の一画目が書かれた乗組員の給料は優に百万円を凌いでいた。

「ううむ、良質なんですが傷物ですね。ちょっと価値が下がりましたな。特別ボーナスの報酬五百万から差し引いて、三百万円分の女肉チケットで勉強させて下さい。良質ものを煮込んだ骨スープも付けときますので」

 調理師の男はポケットから取り出した紙切れに、東堂に告げた内容をそのまま書き込んだ。東堂が激昂に頬を引き攣らせてアスキヤの右手の覗き込む。アスキヤの手の平には、確かに鋭利な刃物で切り裂かれたような傷痕が残っていた。東堂は悔しそうに舌打ちを鳴らして、後続に並んだ若造の乗組員の方に振り返った。東堂は屑肉と認定されるであろう女肉を大事そうに抱える若造を仁王の形相で睨み付け、行き場のない怒りを晴らすように顔面を殴り付けた。

「はい、書けましたよお。高値で取り引きされる女肉には違いないので、そう気を落とさずに。二両に持っていってくださいね」

 東堂は拳の一撃で失神した乗組員の股間を何度も踏み潰して、過度の興奮に歪んだおぞましい形相で調理師に振り返った。平然と無垢な笑顔で待っていた調理師から強引にチケットを奪って、アスキヤの質量を背後から抱きかかえる。取り巻きらしき乗組員六人が東堂の傍に集って、減額された特別ボーナスについて愚痴を零し合った。

「あらら、何やら怒らせたようですね。料理長、こっちは終わりましたよお。そろそろ列車に戻っていいですか」

 調理師の男は目の前で気絶する乗組員と屑肉を放置していた。調理師の男に呼ばれた隣の料理長は、胎児を三人宿していそうな恰幅のいい体躯に据えた太い首を捻じって、潰れた鼻から大きな鼻息を鳴らした。

「いいぞ、ついでに関谷を呼んで運転席に戻してこい。わしはもう血に飢えて敵わん。ああ、早く女肉を刻ませろお」

 人間離れした醜悪な容姿をした料理長は突拍子もなく取り乱した。愚鈍な豚染みた奇声を発して、端正な顔立ちではあるが、凡庸な体型の女肉を運搬してきた乗組員に、女肉を三番車に持っていくよう声を荒げて指示する。

 調理師三人の前に並んで審査を待っていた乗組員はそれで最後だった。大方の乗組員は持ち場である六番車に戻って、列車の出発を静かに待っている。構内に出て作業に取り組んでいるのは、気絶した女肉を車内に押し込める関谷と愚痴を零しながらアスキヤを二番車に運ぶ東堂一派くらいだった。

「関谷さん、もうすぐ発車しませんかあ。早目に料理を用意しておかないと、料理長に殺されそうなんですよお」

 関谷を呼びに行った調理師の男は九番車に駆けながら声を限りに叫んでいた。呼ばれた関谷当人は、鮨詰めになる不自由な顔立ちや体型の女肉の腹部に容赦のない蹴りを入れて強引に扉を閉めた。一仕事を終えた達成感に不気味な笑みを零して、こちらに手を振って呼び掛ける調理師の男に愛想良く手を振り返す。

「丁度積荷が終わったところです。すぐに発車致しますので、調理場スタッフの皆さんは持ち場に戻っていて下さい」

 関谷は大声で告げて、九番車から真逆に位置する先頭車に向かって走り出した。雪で滑りやすい構内を移動する際に擦れ違う調理師三人に会釈して、未だに愚痴を零してとろとろ歩く東堂一派を追い抜こうとした。

「御疲れ様です、出発しますので早く持ち場に戻ってください」

 関谷は東堂一派の非情な性質を把握しているので、俯き加減に小声で促した。東堂は擦れ違う直前の関谷に気付いて、八つ当たりするように拳を堅く握り締めて腕を振り被るが、その腕を振り下ろす前に、乗組員に両側から肩を担がれたアスキヤが虚ろに目を開いた。

「助けて、助けて、下さい」

 アスキヤは発作的に見ず知らずの関谷に救いを求めた。走り去ろうとした関谷は足を止めて後ろに振り返り、強力な拳の一撃を炸裂させようとした東堂の腕が振り上げられた状態で止まった。アスキヤは両目に女性の脆さを露呈した涙を湛えていた。

「お願いします、私達の仲間を、助けて下さい」  

 懇願するアスキヤの口調は先ほどより力強さが増していた。東堂は呆気に取られたように拳を下ろして、女肉に救いを求められた関谷の対応に注目した。

 関谷は健気に救いを求めるアスキヤの顔を眺める内に、ふと人間としての正常な感覚を思い起こすが、首を振って再び先頭車に駆け出した。

「嫌です、女肉にかける情けはありません」

 女肉の些細な言動程度では、慈悲を取り除いた関谷の冷たい瞳は揺るがなかった、関谷は足早に機関車の側面に張り付いた扉を抉じ開けて運転席に入った。東堂は機嫌を直したように笑みを零して、救いを拒絶された絶望に顔を歪めるアスキヤの黒髪を鷲掴みにした。絹を裂くような悲鳴を上げて嫌がるアスキヤを、東堂は乱暴に引き摺って定められた二番車に押し込んだ。

 やがて、全ての女肉と乗務員が持ち場に着いた。機関車の煙突からはプシュリと緊張を解すような音が洩れ、後に続いて出発を告げる白煙が噴き上がった。

「御乗車の皆様、大変長らくお待たせいたしました。女肉の積み込み作業が終了しましたので、これより終点の女肉競り市まで止まらずに向かっていきます。各乗組員の皆様は賄が待ち遠しいことでしょうが、関谷の指示があるまで持ち場を離れず暫く待機しておいて下さい。それでは、発車いたします。御乗車の皆様は足元にお気をつけ下さい」

 口元にマイクを当てた関谷の声が車内に響き渡った。奇妙な固形燃料を与えられた女肉売買列車は動力である巨大な車輪を高速回転させ、徐々に速度を上げて豪雪の中を突き進んだ。

 気絶から回復した女肉の悲痛な鳴き声が、列車の震動音に入り混じり、乗務員の聴覚を不愉快に刺激していた。

 

 

 四

 

 喧しい生物が四両分の空間に積み込まれ、賑やかな狂想曲を奏で始めた女肉売買列車は、既に出発から三時間の走行を終えていた。

 到着予定時刻より若干早いペースで走行する列車の七番車では、主に女肉の積み込みなどの雑用を請け負う乗組員の動きが活発になってきていた。

 女肉を積み込んでからその真価を発揮する雑用が集まる七番車は、車両の半分の空間を存分に使って、暇を持て余す乗客に娯楽を提供する遊具室の役割を担っていた。板張りの床に人間が通れる幅を残して、司書のようにゆったりした椅子に腰掛ける雑用の二人が対面になるように机が設置されている。司書の背後には小説や漫画の類が所狭しと敷き詰められた本棚が並び、女肉な不快な鳴き声を掻き消す効果を秘めたヘッドホンを無料で貸し出していた。

「生憎ですが、カセットウォークマンのみ貸し出しになっておりますので、CD持参の方は申し訳ありませんでした」

 乗組員にCDプレイヤーの貸し出しを拒否して謝罪を述べる司書の二人の脇には、雑用担当の乗組員が八人体制で七番車のもう半分を使った豪快な作業に順じていた。

 本来なら七番車の隣は品質の悪い女肉が積み込まれた八番車や九番車に続くわけだが、七番車から八番車に抜ける扉は、扉の形をしていなかった。扉が有るべき場所には、水車のような形状をした回転式の鉄材の左半分が露出していた。その鉄の水車の傍らで椅子に腰掛ける雑用は、頑強な鋼で構築された外壁から突起するレバーのような赤い棒を握り、遊具室との境界線までビニールシートを敷いて待機する雑用に合図を送った。

「では、皆さん、そろそろ準備しときますか。遊具室にいるお客さんは道を開けといて下さいね」

 ビニールシートの上で了承に頷いた雑用の七人は、利き手に特殊警棒を握り締めていた。雑用がすぐに赤いレバーを引き倒すと、鉄の水車は勢い良く回転した。高速で空回りしていた水車には、いつしか口元を厚手の布で覆われた三匹の女肉が乗せられ、水車が百八十度回転した辺りで滑り台のようになった出口に振り落とされた。

「うう、うぐう、うぐむう」

 呻き声を洩らす女肉は後ろ手にロープを縛られて両手の自由を奪われていた。強制的に滑り台を下りてビニールシートの上に転がり、待ち構えていた雑用に特殊警棒を振り下ろされ、無防備になった側頭部に叩き付けられた。

「ひぎい、あああああっ」

 女肉は不自由な肉体を跳ね起こして、容赦のない追撃を加える雑用に怨念を込めて睨み付けていた。順番に滑り降りてきた他の二匹も特殊警棒で側頭部を苛められ、声を限りに悲鳴を振り絞っている。どうやら流れ作業の要領で女肉を取り出していたようだ。側頭部を叩かれて脳震盪を起こした女肉は、雑用の一人に肩を貸されて、捕獲を担当する乗組員が屯する六番車に向かって歩いていた。その間にも必要な分だけ女肉が水車に運ばれ、ビニールシートに転がり落ちてくる。恐怖の悲鳴を上げる女肉を特殊警棒で弱らせる雑用に一切の躊躇はなかった。 

 ドゴール帽を目深に被った雑用の一人は、覚束ない足取りになった瀕死の女肉の背を押して、七番車と六番車を連結する細長い通路を歩いていた。殆どの通路と共通する内部は、やはり頑強な鋼で覆われており、簡易トイレが中央付近に設置されている。通路の端には僅かな空間が設けられ、強面の乗組員二人が咥え煙草で、引き戸になっている六番車の扉を開けようとした雑用を睨み付けた。

「おい、五十嵐、コック連中に早く肉もっていけや。俺らがどれだけ苦労して捕まえてきたか分かってんのか。ああん」

 五十嵐と呼称された雑用は脅迫染みた乗組員の要求に構わず扉を開けた。扉の向こうには雑用が通れる道幅を開けた二十人余りの乗組員が待ち受けていた。今回の女肉の捕獲から生還した猛者達は、木製の椅子に腰掛けて口から邪悪な涎を滴らせ、女肉の肩に腕を回す五十嵐に無言の圧力を掛けている。

「五十嵐、調子乗ってんのかおめえよお。雑用ぐらいしか能がねえ奴は早く歩けつってんだよ。聞いてんのかこら」

 頭のサイズに合わないドゴール帽で両目を隠した五十嵐は異論を唱えなかった。同僚に凶悪な眼光を浴びせて罵詈雑言の限りを尽くす乗組員を無視して通り過ぎていく。五十嵐の次に六両に入ってきた雑用にも執拗な罵声が浴びせられていた。獲物の捕獲に携わらない雑用には非難に耐え切れる忍耐強さが求められるようだ。命懸けの労働を完遂した乗務員にしてみれば、呑気に雑用だけをこなす乗組員に不平不満が飛び交うのは致し方のないことなんだろう。

 苦渋を嘗めさせられた五十嵐は四番車の扉を開けて、人外の奇声と異様な熱気が篭った調理場に足を踏み入れた。

「おやおや、やっとおいでなさったな五十嵐さん。隣は冷たかったでしょお、どうぞお入んなさい」

 間近で中華包丁を研いでいた調理師の男は、笑顔を振り撒いて五十嵐を中へと招き入れた。食堂車の隣に位置する五番車は、専属の調理師が控える調理場となっていた。他の車両とは違って、通気性に富んだ木製の板で外壁を固められており。天井に設置した二台のクーラーは、外界で吹き荒ぶ豪雪の冷気を取り入れて室内に放射する便利な機能を搭載している。僅か三名の調理師には各自に専用の厨房が与えられ、乗組員の胃袋を満足させるためか、巨大な中華鍋や寸胴などの調理器具が取り揃えられている。板張りの天井には先端が釣り針のように湾曲したクレーンが何本か吊り下げられていた。

「いつもすいません。これから二番車の女肉を膨らませなきゃいけないので、適当に捌いてくれませんか」

「あい、分かりました。料理長、五十嵐さんから注文入りましたよ。自慢の腕前見せて上げてください」

 調理師の男は食堂車側で下準備をしている料理長に注文を回した。肥大した腹から極太の腕を生やす醜悪な顔立ちの料理長は狂おしく顔を歪め、邪悪に満ちた歓喜の高笑いを上げた。極太の両手に携えた二本の中華包丁を擦り合わせて、女肉をこちらに運搬してくる五十嵐を急かし立てる。

「うへ、持って来い、わしが刻んじゃうよ。うへ、へへへへ、グヒイ、グヒイー」

 五十嵐は意識を朦朧とさせて大人しくなった女肉を担ぎ上げた。豚に酷似した鼻息を鳴らす料理長は、背丈が百六十センチ近いでっぷりした女肉を受け取り、巨大な俎板の上に仰向けに寝かせた。

「うへ、うひゃあ、グブ、ブゴー」

 料理長は狂気と愉悦に頬を緩ませて、女肉の両足に二本の中華包丁を振り下ろした。ズボッと両の太腿に減り込んだ包丁が、いとも容易く肉を切り裂き骨を切断して俎板まで到達した。骨と肉が覗いた断面から夥しい鮮血が噴き上がり、女肉は朦朧としていた意識を激痛で呼び起こした。

「あづううう、うぐ、うぐうう」

 女肉は苦悶の涙を両目に湛えて身を捩った。すぐに料理長の神速の包丁が腹部を切り裂いて、血塗れの小腸が列を成して外部に露出された。女肉は口元を覆い隠す布に血を吐いて、持てる限りの有りっ丈の声量で苦痛を訴える。

「いひゃあ、女肉を刻むこの感触、たのし、たのし、たのしいー」

 料理長は爽快な悲鳴に心地良さそうな喘ぎ声を洩らした。眼球を裏返して白目を剥いた女肉の小腸を掴み上げ、天井から吊り下がるクレーンの先端にぐるぐると巻き付ける。宙吊りにされた女肉の頭部は包丁の一閃で容易く切り飛ばされ、料理長は女肉の腹部を解剖して全ての内臓を刳り貫いた。内臓を刳り貫かれた抜け殻の女肉は、高熱の油が沸騰する中華鍋に投下され、火を十分に通して銀色のトレイに盛り付けられた。料理長に刳り貫かれた内臓は別の調理師の手によって臭味を抜かれて湯通しされ、別の銀のトレイに盛り付けられる。五十嵐が料理長に女肉を託して数分もしない内に調理は終了していた。

「ほれ、膨らまし餌の完成だ。どうせ、二番車まで行くなら関谷に燃料がいるか聞いてきてくれんか。雷蔵の馬鹿が内通電話を壊れてしまってな。向こうと連絡が取れんのだ」

 料理長は雷蔵と呼称した気さくな調理師の男を一瞥して、完成した二種の料理が詰まったトレイを五十嵐に手渡した。豪快に揚げられた女肉は包丁で切れ目を入れられ、ぱらりと一口サイズに別れて香ばしい匂いと美味そうな断面を覗かせていた。

「分かりました。関谷さんの食事のこともあるし、俺から聞いておきますよ」

 五十嵐は二種のトレイを重ねて慎ましやかに頭を下げ、熱狂を堪え切れずに奇声を発する調理師を尻目に扉を開けた。

「料理長、私が生首の丸焼きを仕込むんで、こっちにその首よこして下さい」

 雷蔵は新たな女肉を運んできた雑用を迎えて料理長に命令した。料理長は不服そうに顔を強張らせて、台所の上で白目を剥く生首の頭頂部を包丁で突き刺した。顔面の半ばまで食い込んだ包丁を強引に振って、挑発するように手招きする雷蔵に投げ渡した。調理場に女肉を運搬する雑用の集団が大挙して攻めてきた頃に、恐らく殆どの乗組員が待望していたアナウンスが聞こえてきた。

「乗組員、及び御乗車下さったVIPの皆様、お待たせいたしました。これより食事の時間で御座います。各自に割り当てられた料理を受け取りに調理場に足を運んで下さるようお願いします。尚、御存知かとは思われますが、戦果を肉に変更された乗組員の方は食券を調理場スタッフに渡して下さい。これは私事で恐縮ですが、調理場スタッフが腕によりを掛けて調理した女肉料理の数々、その美味を堪能して頂ければ幸いです」

 関谷が告げた食事宣言に釣られて女肉売買列車の乗組員は歓喜の雄叫びを上げた。女肉の捕獲に使命を燃やした乗組員が雪崩のように足音を鳴らして、調理師の三人が懸命に女肉を捌いて準備を進める調理場に突進してきた。新鮮な女肉の血生臭い匂いが鼻腔を刺激して、女肉の虜となった哀れな乗組員が我先にと調理師に詰め寄ってくる。我慢できずに拳銃を発砲して他の乗組員を撃ち殺した愚者は、雷蔵と調理長の怒りの斬撃で首を刎ねられていた。

 食堂車と三番車を順調に通過して、目標の二番車に到達した五十嵐は、目移りする上質の女肉を口一杯に頬張りたい衝動を堪えていた。二番車には三段階で最上の良に認定された女肉が、両腕を強制的に後ろ手に回され、鋼鉄の外壁に接着された鎖付きの手錠で逃げられぬよう両手を固定されていた。女肉の足元には馬の餌のような柔らかい飼葉が敷き詰められ、両隣の女肉の間には木製の仕切りが設けられて簡易な個室となっている。仕切りと仕切りを繋ぐように延びた太い棒の中間には、銀色の光沢を放つ円形の餌箱が括り付けられていた。

 五十嵐は穏やかに目を閉じて気絶する女肉の肢体に卑猥な視線を這わせながら、調理師特製の料理を十二匹の女肉の餌箱に取り分けていった。東堂によって気絶させられたアスキヤだけは既に意識を回復しており、鼻の下を伸ばして眼前に迫った五十嵐を憎悪を以て睨み付けていた。幸い視線を餌箱に下げた五十嵐は感付いておらず、五十嵐が餌箱に油で揚げた女肉と湯通しした内臓を詰めて頭を上げる直前に、アスキヤは睡眠を装って目を閉じた。

 餌撒きを終えた五十嵐は一番車に繋がる扉側に歩いていき、古き良き時代の黒電話と非常ベルのような真っ赤なゴングが壁に設置された辺りで立ち止まった。十二匹の女肉を見渡すように振り返り、真っ赤なゴングに備え付けられた金槌を引き抜いて、大声で起床を告げながらゴングを何度も叩き付けた。

「はい、女肉の皆さん、起きて下さい起きて下さいよお。今から御飯の時間ですからねえ。あなた達の置かれてる状況というものを私が簡単に説明するので、早く起きてくれませんかあ」

 ゴングの不快な震動音が車両内に響き渡り、気絶した女肉達は薄っすらと寝惚け眼を開き始める。やや質が劣る女肉を積んだ三番車でも五十嵐と同様の起床が告げられており、起きたばかりの女肉が一斉に恐怖の悲鳴を喚き立てた。

「何だいこれ、一体どういうことなのさ。あんた私達にこんなことして只で済むと思ってるんだろうね。足を撃ち抜くだけじゃ済まないよ」

 目覚めた勇敢な女肉が、家畜のように身柄を拘束された状況を見渡して五十嵐に突っ掛かった。二番車に積み込んだ女肉の大半は狩猟を得意とする気性の荒い性質の持ち主だった。他の女肉も一様に持ち前の美形を惜し気もなく崩して、憎悪の形相で五十嵐を睨み付けている。

 乗組員の糾弾に慣れた五十嵐には可愛い反論に過ぎなかった。一番車に繋がる扉に貼り付いた竹刀のような棒を取り外して、手の平で軽く叩きながら左右に別れた女肉の合間を往復する。忙しなく首を振って全ての女肉に視線を移していた五十嵐は、一際馬鹿でかい声で非難の声を浴びせる女肉の前で立ち止まった。

「この女肉売買列車にはお客様も御乗車されているので、静粛にお願いします。皆さんが唐突な拉致監禁に御立腹されるのは承知の上であります。従って一切批判は受け付けません。皆さんはただ体重を増やして人間に食われるだけでいい。つまり、お前達は人に食われる肉の分際で文句を言うなと解釈して頂きたい。その代わりこちら側からは要求をだしますので、まず、皆さんの目の前にある餌箱を御覧頂きたい。そして、これから思う存分に食して頂きたいわけであります。私の言う意味が、分かりましたか」

 五十嵐は竹刀染みた棒の先端で目の前の女肉の乳房を押し潰していた。物言いたげに顔を強張らせて睨み付けてくる女肉に五十嵐は邪悪な笑みを送っていた。勇敢な女肉は状況の整理に努め、自身と反対側で拘束される仲間に口パクで連絡を取り合っていた。五十嵐の唐突な発言で混沌としているが、何やら食用として拘束されたのは間違いなさそうだった。五十嵐は罵詈雑言で塗れる予定だった車両内を見渡して、残念そうな吐息を洩らした。

「これは意外な反応ですね。説得する身の私としては皆さんが利口でありがたい。頭のよろしい方からどうぞ料理を召し上がって下さい。念のため申しておきますが批判は一切受け付けません。これだけ事前に忠告しておいて批判を述べた方は、体罰を以て体で解らせてあげますからね」

 五十嵐は一番車側の扉に引き返して、背凭れのない木製の椅子に腰を下ろした。興味深そうに食事を躊躇する女肉を見渡して、恐怖を煽り立てるように竹刀染みた棒を素振りしている。

「皆、ここは言う通りに従うべきだと思うわ。食べるだけなら差支えないから、逃げるのには」

 五十嵐の間近の個室で拘束されたアスキヤが声を発した。説得力に富んだアスキヤの口振りは五十嵐を嘲笑っているように聞き取れた。アスキヤに絶大な信頼を寄せている仲間の女肉は笑顔で頷き、後ろ手に両手を固定された手錠の鎖を引き伸ばして餌箱に首を下げた。五十嵐は犬のような食べ方で仲間の女肉に喰らい付く女肉を面白くなさそうな顔付きで眺めていた。

「はい、食べながらでいいので聞いて下さいねえ。皆さんに召し上がって頂いてるその料理ですが、この列車が終点に着くまで三十分毎におかわりを継ぎ足しますので、残さず食べて下さい。何しろ皆さんは良質の女肉に認定されたわけですからね。終点は女肉競り市という女肉の売買を交わす場所なんですが、この競り市で待っている顧客の方は、百グラム単位であなた達の値段を競っていくんですよ。当然、良質の女肉になると百グラム増えれば値段が跳ね上がりますので、皆さんには急いで太って貰わなくてはならないわけです。こういった計量の目を誤魔化す手段を、俗に膨らますとか呼ばれておりまして、体罰を受けたくなければ、食べる以外の運動は極力控えて下さい。一グラムが命取りとなりますので。ちなみに私は、二番車の女肉の餌やり担当の五十嵐です。短い間ですが、何卒よろしくお願いしますね」

 五十嵐は自己紹介を交えて餌を与える理由を打ち明けた。女肉の繊維を強靭な犬歯で断ち切り、五十嵐の話に耳を澄ましていたアスキヤは、五十嵐の台詞を確認するように二番車の景色を詳細に窺った。アスキヤが二番車の個室に拘束されてから疑念を抱いていた点は、天井に設置された二台のエアコンによって適温が保たれていたことだった。虫けら扱いで拘束された時には気付かなかったが、疑問が解けた今では、良質の女肉が汗を流して痩せないようにするために用意したのだと推測できる。そして女肉を乱暴に捕らえたのは脅しの効果を終点まで持続するためであり、乗組員は女肉に外傷を負わすような行為には及べないのだということも。アスキヤの胸の内で、五十嵐の言葉は徐々に真実味を帯びていた。

「あ、あのお、すいません。何だか催してきたんですけど、トイレに行ってもいいですか」

 アスキヤが原型を保った心臓を苦労して噛み千切っている最中に、気の弱さそうな良質の女肉が手を上げた。五十嵐は腰を上げて、竹刀染みた棒を前方に構えて歩み寄っていく。苦味が口内を占領する異様な不味さの臓器を口から吐き出した仲間の視線が、仕切りを設けられて中の様子が窺えない女肉に集まった。

 問題の女肉は股間を両足の太腿で隠すように立っていた。五十嵐はやっと嬉しそうな笑みを零して、竹刀染みた棒を巧みに使って女肉の股間を露にさせた。旦那の嗜好によって剃られたのであろう卑猥な剥きだしの性器には、少量の尿が水滴状に集まって、飼葉の足場に滴り落ちかけていた。

「これはいけませんね。皆さん、先ほども申したように一グラムが命取りとなります。すなわち、体内に蓄えた水分は外に出してはいけません。トイレに行きたいだのとほざく、破廉恥な女肉を決して真似してはいけませんよ。便意は競り市で計量が済むまで我慢して下さいね」

 五十嵐は恰好の見本になった気弱な女肉の股間に棒の先端を押し当てた。親指が当たる辺りに設置されたボタンを押して、容赦なく棒の先端から適度な電流を放出する。

「あ、いたっ、いたいいいっ」

 女肉は股間を伝う電気の激痛に跳び上がって、締め付けが緩和された性器から多量の尿を放出した。五十嵐は満面の笑みを浮かべて、一度気を抜けば止まらない足元の飼葉が汚染されていく様子を堪能していた。忠告を聞かずに尿を出し尽くした女肉の頬に、五十嵐は電流が迸る棒の先端を押し当てた。

「ああ、いぎいいっ、あああああっ」

 失神しそうに全身を痙攣させる女肉の頬は焦げてはいなかった。適度な電流は女肉を屈服する苦痛を与えるには十分な威力を誇っているようだ。五十嵐が意地悪に数十秒間に渡って電流の体罰を与え続けると、女肉は従順な僕と化して、吐きそうに不快な苦味に襲われる仲間の内蔵に喰らい付いていた。

 内臓の食事を敬遠していた女肉も体罰を恐れて夢中で喰らい付き、五十嵐は女肉を制した優越感に浸って高笑いを上げた。

「結構結構、私の言う通りにしていれば楽に死ねますよ。気付いてるとは思いますが、あなた達が食べてるのは仲間の肉や臓器ですからね。品質の悪い女肉の待遇に比べれば、あなた達は良質の女肉に育って幸運だと思いませんか」

 五十嵐の残酷な追い討ちで、二番車の女肉は絶望に顔を歪ませ、増進しない食欲を無理やり奮い立たせていた。共食い行為に罪悪感に駆られてはいるが、窮地に立たされた状況下では自然と口が動いていた。五十嵐は椅子に腰掛け直して、笑顔で至福の一時を味わっていた。

 十分後には、十二匹の女肉の餌箱は綺麗に空になっていた。五十嵐は胎児を宿したように膨らんだ女肉の腹部に手を触れて見回り、元の位置に戻ってダイヤル式の黒電話の受話器を耳に添えて、雑用担当が活動する七番車に繋がるらしいダイヤルの七番まで回した。

「五十嵐です。すいませんけど追加分の膨らまし餌持ってきてくれませんかね。調理場の電話が壊れたみたいで、二両から連絡が取れないんですよ……。あー、はいはい、分かりました、それではお願いしますね」

 五十嵐は女肉を調理場に運搬する雑用に注文を付けたようだ。アスキヤは仕切りにぴたりと耳を着けて、五十嵐が内通電話で雑用と喋っているのを盗み聞きしていた。冷静な思考を働かせて密かに脱出作戦を思案しているアスキヤは、内通電話を利用して乗組員を騙せないかと思い立っていた。

「皆さん、私は一旦席を外すので、運動をせずに待っていて下さい。多分、VIPの方が見学に来られると思いますが、その時は愛想良く笑顔を作ってください。別の乗組員が餌を運んできたら残さず食べて下さい。後は便意を我慢すること。それだけ守って頂ければ結構です。お願いしますね」

 五十嵐は早口で捲くし立て、先頭車に繋がる鋼鉄の扉を開けた。二番車の女肉は緊張で凍り付いた顔を安心したように溶かせる。一刻も早い脱出を目指すアスキヤだけは、五十嵐の足音が消えた頃合を見計らい、仕切りの向こうに設置された黒電話を取ろうと躍起になっていた。肢体を捻じって遠心力を生み出した強烈な蹴りの連打を、乗組員が消えたのいいことに見舞っている。

「何してるのよアスキヤ、辛いのは分かるけど、下手な真似をしたら酷い目に遭わされるわよ」

 アスキヤの対面に位置する女肉が慌てて静止を促した。仕切りで視界を阻害された仲間は、奥で発狂しているらしいアスキヤの様子をその声で悟った。アスキヤが強烈な蹴りを繰り返している内に、木製の仕切りは半ばから亀裂が入っていた。

「心配ないわ、奴等は私達を食用として売り払う積もりなのよ、少なくとも殺せはしない筈だわ。仲間の肉をこれ以上食べたくないなら、皆も私に協力して頂戴。ここから脱出するのよ。満腹になって動けなくなる前に、私達が確実に逃げられない場所に到着するまでに。まだ妙案は思い浮かばないけど、こんな時こそサトカチの名に恥じぬよう行動を起こすべきだわ。無理にとは言わない、でも私は必ずここから逃げてやる、見ず知らずの奴に食われてたまるもんですか」

 生命に執着するアスキヤの蹴りは仕切りを崩壊寸前に追い込んでいた。対面に位置する女肉はアスキヤの積極的な行動に感化され、隣の女肉との境界線である仕切りを蹴り始めた。連動するようにアスキヤに賛同した女肉が仕切りの除去に取り掛かる。強者に食われる側であった女肉達の反旗の音は、三番車に捕獲された五十人余りの女肉の鳴き声で相殺されていた。

 すっかり支配者の優越感に浸っていた五十嵐は、当然のように脱出を企てる二番車の女肉に気付かず、関谷が一人で運転を担当する機関部に足を踏み入れていた。全体は他の車両とは勝手が違って鉄鋼に覆われた歪な構造をしているが、意外と操縦に必要な機器が少ないので、通常の運転席より幾許か広く感じられる。

 黙々と運転作業に没頭していた関谷は、天井から吊り下がる三角形のレバーを引いて、固形燃料を燃焼させている炉の蓋を開けていた。両手にはスコップを携えており、背後には女肉の臓器が詰まった巨大な籠と、部位ごとに切断した女肉の肉が詰まった巨大な籠が横並びに置かれている。車内連絡を行うためのマイクや事前に渡された停車駅の資料などは、前方を確認するガラスに張り付いた豪雪を払い除けるワイパーの近くに置かれているが、何故か列車を停車させるに必須なブレーキの存在は認められなかった。

 関谷は瞬時に後ろを振り返って、肉が詰まった籠の中から、瞬間的に発見した女肉の肩肉の下にスコップを潜り込ませて、素早く炉の中に放り込んだ。熱心に仕事に励む関谷の様子を眺めていた五十嵐は、関谷の馴れた手付きに見惚れて声を掛け損ねていた。

「あの、関谷さん。二両担当の五十嵐です。調理場の電話が壊れたそうなので、私が燃料の補給を行うかどうか代わりに聞きにきました。それと、そろそろ一緒に食事に行きませんか。他の乗組員は食べ終えた頃でしょうし」

 関谷は仕事に没頭する余り、呼び掛けられるまで背後の五十嵐に気付かなかった。天井に吊り下がるレバーを引いて炉の蓋を閉めて、手に携えた血濡れのスコップが恐怖を演出する快活な笑みを浮かべた。

「ありがとう五十嵐君。一向に連絡が来ないから調理場のスタッフが殺されたのかと早とちりしてたよ。丁度、有りっ丈の肩肉を詰め込んだところだ。暫くほって置いても順調に進むだろうから一緒に食事を済ませようか。燃料は帰り掛けに僕が貰ってくるから心配しなくていいよ。君も餌やりで忙しいだろうからね」

 関谷の笑顔は他の乗組員とは異なる人間味に溢れた明るいものだった。五十嵐は熱心に仕事をこなす穏和な関谷に何処となく惹かれており、実際に尊敬の念を抱いていた。

 五十嵐と関谷は二番車に向かって歩きながら談笑を交わした。一見、職場の同僚と交わす和やかな会話風景に思えるが、互いに細心の注意を払って言葉を選んでいるように見えていた。 

「そういえば、五十嵐君は十五、年齢には触れても良かったかな、確か十五歳だったね。感心するな、その若さで良くこの仕事をこなして、同僚と付き合っていけるね。僕は結構バイト経験が豊富なんだけど、ここは、ちょっとね」

 関谷は言葉を選び過ぎてぎこちなく話していた。五十嵐は関谷の心境を察して、安堵させるような笑みを作った。

「そんなことないっすよ。現に関谷さんはまともな方だと思うし、俺は結構好きです。要はどの職場でも慣れてしまえば抵抗なんてなくなりますよ。関谷さんは人情派っていうか、やけに情に熱いとこがあるから慣れてないだけで。俺なんてもう自分が本当に生きてるのかさえ良く分からない。関谷さんみたいに、優しいままでいられる人が逆に羨ましいっすよ」

 五十嵐は打ち解けた口調で無礼講に接していた。関谷は彼の瞳の奥にある本来の感覚を覗き込み、萎えてしまいそうな労働意欲を頬を叩いて誤魔化した。

「優しくなんてないさ。僕はこの列車の運転手なんだよ。優しかったら、違うと思うんだ。こんなことしてる場合じゃないとか人間らしく悩み苦しんで、呑気に運転なんかしてるわけがないと思わないかい」

 関谷は切実な悩みを打ち明けるように声を荒げていた。五十嵐は少年の顔立ちに大人びた笑みを浮かべて、寒さでひび割れた関谷の右手を強く握り締めた。

「俺も思いません。だから関谷さんが悩み苦しんでるように見えます。そういうのって、俺が忘れた人間って奴なんでしょうね。人を殺してはいけない、ですか。良く聞かされた台詞だと思いますけど、俺はどうでも良いっすよ。確か、三日前に消された新入りも人を殺してはいけないとか何とか言ってましたよね。関谷さんも本当は叫びたいんじゃないんですか、俺は、人を殺したくないんだ、女肉なんて食べたくないんだってね」

 五十嵐は調子に乗って素直な言葉を発していた。関谷は激情に駆られて、すぐさま五十嵐の胸倉を掴んで壁に叩き付けた。その顔は寂しげな翳りが差した人間らしい表情だった。

「ふざけるな、僕はこの仕事に就けたことを誇りに思ってるんだ。人間なんて所詮は肉の塊だ、原型が崩壊してしまえば、生物界の頂点に君臨した崇高な尊厳とやらは欠片も見当たらない。僕が人間を殺したくないだって、勝手な言い掛かりは止めてくれ。それに、あまり立ち入った話をすれば君と僕は消されることになるんだぞ。もう少し考えてものを話してくれ、人間は殺してもいい、そうだろ」

 激しい剣幕で迫ってくる関谷に恐怖する五十嵐は、気弱に肩を震わせて何度も頷いていた。我を取り戻した関谷は、五十嵐の胸倉を圧迫する手を離して、心労を抱えた青ざめた顔で俯いた。

「すまない、つい感情的になった。今後は極力立ち入った話を避けよう。君は知ってるか分からないが、新入り同士が親交を深めて二人とも消された前例があるからね。消えたい時は僕以外の人と話してくれ。僕はまだ死にたくない」

 五十嵐と関谷の会話はそこで途切れ、重い沈黙が流れる中で二番車に歩き出した。

 関谷が同僚と親交を深めてはいけない暗黙の了解を知ったのは、初めての仕事で乗組員に愛想良く挨拶に回っていた時だった。極めて残忍な部類に入る東堂にどやされたのをよく覚えている。列車の存在を外部に洩らさないように働きかける暗黙のルールは厳しく、ルールに抵触する発言を漏らした者は翌日にはその姿を消していた。

 女肉売買列車に配属された乗組員は、与えられた仕事を忠実にこなしていればいい。それが危険な職務を全うする上での大原則だった。

「あびいいいいっ、やめて、あああああっ」 

 恐らく二番車の方角から、十匹以上の女肉の悲鳴が混ざって関谷と五十嵐の鼓膜を震えさせた。突然の異常事態に当惑した二人は顔を見合わせて、通路の先に垣間見れる扉に駆け出した。

 扉との距離が近付くにつれ、悲鳴はより絶望と憎悪が込められた響きを帯びて関谷の心に訴えかけていた。関谷は複雑な感情に苛まれて、嫌に沸き上がる怒りを堪えるように歯軋りを鳴らせた。

「おい、何事だ。大きな声で喚く行為は許されていないはずだぞ。身の程をわきまえろ」

 関谷は扉を開きながら憤怒の声を発した。数歩先に歩いて二番車の様子を観察するように見渡すと、関谷は嘗て見たことのない荒れ果てた車両内に驚いて声を詰まらせた。

 女肉と女肉の境界線を敷いていた全ての仕切りが、女肉の暴力によって半ばからへし折られていた。追加分の女肉料理を持って来た雑用の乗組員が女肉の反逆に気付いたようだ。直ちに女肉の数に相当する捕獲担当の乗組員が収集され、飼葉の足場に転がる女肉の首に捕獲棒を掛けている。女肉を首を締め付けられる苦しみと電気の苦痛で、反射的に悲鳴を上げざるを得ない状況に陥っていた。

「あ、あの、これは一体どうしたんですか」

 関谷は誤解を隠すように小さな声で、アスキヤの首を締め付ける乗組員に尋ねた。乗組員は凶悪な眼光を放って、関谷の隣で顔を蒼白させる五十嵐を睨み付けた。

「五十嵐、お前女肉にどんな教育をしたんだよ。お前が目を離してる隙に好き勝手に暴れ回られてんじゃねえか。こんなことは今まで一度もなかったぞ。取り敢えず俺等で制裁を加えてやる積もりだけどよ、お前責任取れるんだろうな、職務怠慢で消されても俺はしらねえぞ」

 五十嵐は短い悲鳴を上げて頭を抱え込んだ。重量を増さねばならない女肉に運動され、あまつさえ器物を破損される重大な失態を犯した責任に苛まれる。関谷は狂ったように念仏を唱えて神に縋っている五十嵐に声を掛けれず、視目線を逸らしてアスキヤの顔に焦点を当てた。二度目の対面となるアスキヤの顔付きは死の恐怖に支配されて、前回と同じように大粒の涙を湛えて、救いを求めるように関谷の戸惑いを帯びた双眸を見据えていた。

「あああああっ、助けて、お願い、死にたくない。夫が、家で待ってるの」

 アスキヤは関谷の弱点を的確に突くように絶叫した。アスキヤの傍らには乗組員を騙す企みがあった黒電話の受話器が転がっていた。アスキヤは全身を硬直させて不動を保った関谷に構わず、繰り返し悲鳴を上げて何度も救いを求めていた。

 関谷は人間を捨てた決意を脅かす女肉の悲痛な叫びに、苛々しげに頬を歪めて拳を堅く握り締めた。敢えて騙しやすそうな男を狙って助けを求めているのか、或いは関谷が心根の優しい真人間だと信じきっているのか、関谷は頭痛を誘発させる余計な悩みを振り払うように、車両内に響き渡りそうな声量を作り出そうと息を大きく吸い込んだ。

「嫌だよ。何度言ったら分かるんだ。僕は優しくなんかない。お前のような女肉を助ける義理は何もない。そうだろ、女肉は食われて死ねばいい、そうだろ、僕はマニュアル通りの仕事をこなしている、何も間違ったことはしていない。そうだろ、そうだろ」

 答えを模索しているような関谷の苦悶の叫びは乗組員一同を唖然とさせた。悲愴めいた関谷の取り扱いに困り果てて、沈黙に包まれた車両内で、関谷に助けを求めたアスキヤだけは目を輝かせていた。やっと、脱出の糸口が見え始めたのだ。この虚弱な男を味方に引き込めば、拘束された仲間を逃がすことができるかもしれない。

 打算的な薄ら笑いを浮かべたアスキヤ及び二番車の女肉達は、顔を蒼白させて立ち尽くす関谷を尻目に、本格的な制裁を実行する六番車に引き摺られていった。

 

(引き続き 女肉売買列車 後編 をお楽しみください。)

 

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